サークレイスTOB、ヒルハウスが3回目で2,020円に上げた経緯

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サークレイス株式会社(東証グロース、5029)は2026年10月22日、シンガポールで設立された投資会社ヒルハウスが間接的に保有するHHH1合同会社による公開買付け(TOB)に賛同し、株主に応募を推奨すると発表した。買付価格は1株2,020円で、前営業日の終値885円に128.25%のプレミアムを上乗せした水準である。

同じ日、筆頭株主の株式会社パソナグループ(2168)は、保有する全株式をTOBに応募する契約を結び、連結で約26億円の特別利益を見込むと開示した。

本記事では、2,020円に至るまでの3回の価格提案を時系列で並べ、算定レンジや類似事例と比べてこの価格がどの位置にあるかを確認する。あわせて、大株主2社の応募契約によって、少数株主の判断がTOBの成否にほとんど影響しない構造になっている点を整理する。

※情報基準日:2026年10月22日。数値は同日付のサークレイス、HHH1合同会社、パソナグループの適時開示による。

取引の骨格

項目 内容
対象会社 サークレイス株式会社(東証グロース、5029)
公開買付者 HHH1合同会社(ヒルハウスが運営するファンドが間接保有)
買付価格 普通株式1株2,020円、新株予約権1個1円
買付期間 2026年10月23日〜12月7日(30営業日)
買付予定数の下限 2,970,800株(潜在株式勘案後の66.67%)
買付予定数の上限 なし(完全子会社化が目的)
資金 親会社から最大92億円の出資。借入は予定せず
応募契約 パソナグループ(32.31%)、TQUILA LIMITED(30.80%)
決済開始日 2026年12月14日

潜在株式勘案後の株式総数4,456,145株に2,020円を掛けると、買収総額は約90億円になる(筆者計算)。前営業日終値885円で同じ株数を評価した時価は約39億円で、ヒルハウスは市場評価の約2.3倍を払う計算である。

資金はすべてファンドからの出資でまかない、借入を使わない点が特徴である。後述するとおり事業計画上のフリー・キャッシュ・フローがマイナスで推移するため、借入の返済原資を見込みにくいことと整合している。

1,541円から2,020円へ、3回の提案

提案価格の推移

日付 出来事 提案価格 前回比
2026年5月29日 ヒルハウスと金融投資家2社が意向表明書を提出 ― ―
2026年8月11日 ヒルハウスが最終意向表明書で初回提案 1,541円 ―
2026年8月21日 特別委員会が「当社の価値を反映していない」と再考を要請 ― ―
2026年9月15日 第2回提案 1,629円 +5.7%
2026年9月17日 特別委員会が再度の検討を要請 ― ―
2026年10月15日 第3回提案 2,020円 +24.0%
2026年10月20日 ヒルハウスが「最終かつ最善」と回答 2,020円 0%

(前回比は筆者計算)

初回の1,541円から最終の2,020円までの引き上げ幅は479円、率にして31.1%である(筆者計算)。

第2回と第3回で引き上げ幅が変わった理由

第2回の上げ幅は88円にとどまり、第3回で一気に391円上がった。開示資料によれば、特別委員会は2回の差し戻しで、上場廃止による費用削減、子会社の費用削減、投資計画、出資・資金提供先であるSynthesy株式会社とarcbricks株式会社の成長性を価格に反映するよう求めた。

ヒルハウスは第3回提案で、上場廃止関連費用と子会社の費用削減をEBITDAに加味したと説明している。価格を動かしたのは「プレミアムの上乗せ」ではなく「EBITDAの定義の見直し」だったとみることができる。上場を維持するための費用は、非公開化すれば買い手が手にする利益である。特別委員会がその分を売り手側にも分けるよう求め、それが受け入れられた形である。

買い手の初回の主張

ヒルハウスは初回提案の時点で、1,541円でもITサービス業界の非公開化事例7件のプレミアム(30〜50%程度)の約2〜3倍であり、類似取引や類似上場会社のEV/EBITDA倍率も上回ると主張していた。それでも特別委員会は2度差し戻している。市場株価や他社倍率ではなく、自社の事業計画とコスト削減効果を基準に交渉した結果である。

2,020円はどの位置にあるか

算定レンジとの比較

サークレイスのファイナンシャル・アドバイザーである大手町M&Aアドバイザリーの算定結果は次のとおりである。

算定方式 1株当たり株式価値 2,020円との関係
市場株価基準方式 779円〜926円 上限を2.2倍上回る
類似会社比準方式 393円〜949円 上限を2.1倍上回る
DCF方式 1,498円〜2,189円 中央値1,843.5円を9.6%上回る

(倍率・比率は筆者計算)

2,020円はDCFレンジの下限から見て約76%の位置にある(筆者計算)。市場株価と類似会社の評価を大きく超え、DCFでもレンジの上側に入る。

DCFだけが高い理由

DCFが他の方式とかけ離れているのは、事業計画が高い成長を前提にしているためである。会社は2030年3月期に売上高100億円、営業利益率20%を目標に掲げ、事業計画ではM&Aに4期累計50億円、DXとAI投資に30億円を充てる。売上高は年20%程度、営業利益は年50〜60%程度の増加を見込む一方、投資がかさむため、フリー・キャッシュ・フローは2028年3月期に約20億円、2029年3月期と2030年3月期に約10億円ずつのマイナスを見込む。

市場がこの計画を織り込んでいれば株価はもっと高かったはずで、株価が800円台にとどまっていたのは、計画の実現性に市場が懐疑的だったと解釈できる。

足元の業績

同じ日に公表された2027年3月期中間期の速報値では、売上高は26億1,100万円(前年同期比24.7%増)と伸びた一方、営業損益は1億100万円の損失だった(前年同期は600万円の利益)。AI関連投資の費用5,200万円と外注費2億2,000万円の増加が理由とされる。通期予想は営業利益5億7,000万円である。

2026年3月期の1株当たり当期純利益47.63円、1株当たり純資産291.52円を基準にすると、2,020円はPER約42倍、PBR約6.9倍になる(筆者計算)。過去の利益で見れば割高な価格であり、買い手は計画どおりの成長が実現する前提で払っていることになる。

類似事例のプレミアムとの比較

基準 サークレイスのプレミアム 類似84件の中央値
前営業日終値(885円) 128.25% 43.12%
過去1か月平均(926円) 118.14% 43.49%
過去3か月平均(865円) 133.53% 46.73%
過去6か月平均(779円) 159.31% 49.05%

類似事例は、2019年6月28日以降に公表され成立した完全子会社化目的のTOBのうち、MBOなどを除いた84件である(サークレイスの開示による)。前営業日終値ベースで中央値の約3.0倍のプレミアムである(筆者計算)。

上場時の公募価格720円と比べると、2,020円は約2.8倍にあたる(筆者計算)。

大株主2社の応募で成立はほぼ確定

下限まで残り3.55%

株主 株数 所有割合
パソナグループ 1,440,000株 32.31%
TQUILA LIMITED 1,372,600株 30.80%
2社合計 2,812,600株 63.12%
買付予定数の下限 2,970,800株 66.67%
下限までの不足分 158,200株 3.55%

(合計・不足分は筆者計算。所有割合は潜在株式勘案後の株式総数4,456,145株に対する割合)

2社が応募すれば、残りの株主(約164万株)のうち9.6%が応募するだけで下限に届く(筆者計算)。

マジョリティ・オブ・マイノリティを設けなかった理由

公開買付者は、パソナグループとTQUILAを除いた株主の過半数の応募を条件にする、いわゆるマジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)の条件を設けていない。理由として、MoMを設けるとTOBの成立が不安定になり、応募を望む少数株主の利益にかえって反するおそれがあると説明している。また、2社は独立した投資者であり、応募契約の締結だけで買い手と利害関係を持つことにはならず、本来はMoM条件を満たしていると考えている。

仮にMoMを設けた場合、2社以外の約164万株の過半数、つまり約82万株の応募が必要になる。下限まで15万8,200株という現在の条件とは大きな差がある。

少数株主の応募がTOBの成否を左右しない以上、少数株主の利益を守る役割は、交渉を担った特別委員会と、価格そのものの水準が担うことになる。今回の128%というプレミアムと3回の差し戻しは、その役割を果たした結果と評価できる。

応募契約に残る出口

両社の応募契約には、公開買付期間中に2,020円を上回る対抗TOBが始まり、ヒルハウスが5営業日以内などの期限までに同額以上へ引き上げない場合、応募しない、または応募を撤回できる条項がある。サークレイス側も、対抗提案者との接触を制限する合意はしていない。

TQUILAの追加要請

開示資料には、TQUILAが応募の協議にあたり、関係先のファンドが保有するアオラナウ株式会社(サークレイスの連結子会社)やarcbricksの株式などを現金で買い取るよう求め、合意に至らず10月8日に撤回したという経緯も記載されている。大株主が自社の関係先の持分の売却を同時に求めていた事実は、大株主と少数株主の利害が必ずしも一致しないことを示しており、特別委員会を設けた理由の一つと重なる。

パソナグループにとっての売却

パソナグループは2012年のサークレイス設立時から株主で、現在は持分法適用関連会社として保有している。応募すれば受け取る金額は約29.1億円である(1,440,000株×2,020円、筆者計算)。

パソナグループは、個別決算で約29億円、連結決算で約26億円の関係会社株式売却益を2027年5月期に計上する見込みである。個別の売却益が受取額とほぼ同じであることから、個別決算上の帳簿価額はごく小さいと読み取れる。連結の売却益がそれより小さいのは、持分法でサークレイスの利益を取り込んできた分が連結上の帳簿価額に積み上がっているためと考えられる。

パソナグループは応募理由として、生成AIなどの技術革新でIT事業の競争環境が激しくなる中、グループ内での位置づけを検討した結果、TOBで企業価値の向上が見込めること、価格が妥当であることを挙げている。人材サービスを本業とする同社にとって、設立から約14年持ち続けた持分を高値で現金化する機会になった。

まとめ

サークレイスのTOBで2,020円という価格を生んだのは、市場株価からの上乗せではなく、事業計画に基づくDCFと、上場維持費用などのコスト削減効果をどちらの取り分にするかという交渉だった。特別委員会が2度差し戻したことで、提示価格は31.1%上がった。

一方で、大株主2社の応募契約により、TOBの成立に必要な株数の大半は公表時点で埋まっている。少数株主に残された判断は、成否ではなく「2,020円で売るか、スクイーズアウトで同額の現金を受け取るか」に近い。

大株主が売り手として先に合意している非公開化では、少数株主の利益は特別委員会の交渉力でほぼ決まる。本件は、市場株価や他社倍率の議論で決着させず、自社の計画とコスト削減効果を価格に反映させた交渉の例として参考になる。

特別委員会との価格交渉の推移を追った事例として、以下の記事もある。

フューチャーMBO、6回の価格交渉は少数株主保護たり得たか——1,950円から2,451円への軌跡
https://assetsalon.online/future-corporation-mbo-hikokaika/

デジタルハーツHD、会長によるMBOが成立——5回の提案で900円→1,060円、宮澤氏以外の株主の約8割強が応募
https://assetsalon.online/digitalhearts-mbo-tob-2026/

引用元

一次情報

サークレイス株式会社「HHH1合同会社による当社株券等に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨のお知らせ」(2026年10月22日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261022/140120261022554716.pdf

HHH1合同会社「サークレイス株式会社(証券コード:5029)の株券等に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(2026年10月22日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261022/140120261022554734.pdf

株式会社パソナグループ「持分法適用会社株式に対する公開買付けに係る応募契約の締結及び特別利益の計上見込みに関するお知らせ」(2026年10月22日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261022/140120261022554415.pdf

ディスクロージャー

本記事はサークレイス株式会社、HHH1合同会社、株式会社パソナグループの適時開示資料をもとにした分析です。提案価格の上昇率、買収総額、PER・PBR、算定レンジ内の位置、応募契約株数の合計と下限までの不足分などは、開示数値から筆者が計算したものです。交渉の意図や株価水準に関する記述は、開示資料に明示されていない筆者の解釈を含みます。本記事はTOBへの応募や特定銘柄の売買を勧めるものではありません。判断にあたっては公開買付届出書などの一次情報を確認し、必要に応じて専門家にご相談ください。

アセットサロン編集長

日系M&AアドバイザリーファームにてM&A業務に従事。上場企業・中堅企業のM&A仲介・FA業務を中心に、デューデリジェンス、バリュエーション(DCF法・マルチプル法)、スキーム設計、契約交渉、PMI支援を経験。現在は、TDnetに日々公開される上場企業の適時開示情報をもとに、M&Aの背景・財務的影響・業界再編の動向を独自の視点で解説するメディア「アセットサロン」を運営。専門分野:上場会社M&A・TOB・PMI・企業価値評価・資本政策・IR解説

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