エス・エム・エス、保健指導事業を1円で手放す理由

PR

株式会社エス・エム・エス(東証プライム、2175)は2026年10月21日、2つの小規模事業を外部に移すと発表した。

1つは、健康保険組合などから受託する特定保健指導などのデータヘルス事業で、エムスリー株式会社の100%子会社であるメドケア株式会社に吸収分割で承継させる。対価は金銭1円である。もう1つはストレスチェック代行サービス事業で、新設分割で設立する株式会社ストレスチェックに移し、その全株式をウェルネス・コミュニケーションズ株式会社(東証グロース、366A、以下ウェルネスC)に譲渡する。こちらの価格は非開示である。

本記事では、2つの取引の条件を並べ、帳簿上5,800万円の純資産を持つ事業がなぜ1円になるのかを考える。あわせて、ストレスチェック事業を買うウェルネスC側の開示から、買い手にとっての意味を整理する。

※情報基準日:2026年10月21日。数値は同日付のエス・エム・エスおよびウェルネスCの適時開示による。

2つの取引を並べる

項目 データヘルス事業 ストレスチェック事業
事業内容 健保組合・協会けんぽ・自治体等への特定保健指導の受託、ICTを使った遠隔保健指導 医療機関・介護事業所向けストレスチェックの実施代行、オンライン受検、結果集計・分析、面接指導の調整
方式 簡易吸収分割 簡易新設分割+新設会社の株式譲渡
承継先・買い手 メドケア株式会社(エムスリー100%子会社) ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社
対価 金銭1円 非開示(当事者間の守秘義務)
売上高(2026年3月期) 5億9,000万円(連結の0.9%) 1億7,900万円(連結の0.3%)
承継する資産 6,400万円 3,000万円
承継する負債 600万円 300万円
資産−負債 5,800万円 2,700万円
効力発生日 2026年12月1日(予定) 2026年12月1日(予定)

(資産・負債は2026年3月31日現在の帳簿価額。資産−負債は筆者計算)

2事業の売上高は合計7億6,900万円で、エス・エム・エスの連結売上高647億3,500万円の約1.2%にあたる(筆者計算)。両社とも、業績への影響は軽微としている。

背景にある「企業価値最大化に向けたロードマップ」

エス・エム・エスは2つの開示で、2026年4月28日の決算説明資料で示した「企業価値最大化に向けたロードマップ」に沿って、注力領域への経営資源の集中と事業ポートフォリオの見直しを進めていると説明している。

同社の業績は次のとおりである。

決算期 2024年3月期 2025年3月期 2026年3月期
売上高 539億7,300万円 609億5,200万円 647億3,500万円
営業利益 82億6,900万円 63億3,500万円 67億8,700万円
親会社株主に帰属する当期純損益 72億2,700万円 60億5,400万円 △143億1,700万円
純資産 442億8,400万円 473億1,900万円 267億2,400万円

売上高は伸び続けている一方、2026年3月期は営業黒字のまま143億円の最終赤字となり、純資産は1年で約206億円減った(筆者計算)。最終赤字の要因は今回の開示資料には記載されていない。

今回切り出す2事業は規模が小さく、業績の立て直しに直接効く取引ではない。最終赤字を経て事業の選別を進める中で、小さくても注力領域から外れる事業は、価格にこだわらず手放すという判断とみることができる。

純資産5,800万円の事業がなぜ1円なのか

会社の説明

エス・エム・エスは対価1円の根拠として、次の点を総合的に考えたと説明している。

考慮した要素 内容
事業価値の算定 本対象事業の収益の状況と将来の見通しを基にした算定
承継後の負担 メドケアが負うことになる事業運営上の費用と責任
契約の承継 本対象事業に係る契約関係の承継に要する対応
相手方 関連当事者に該当しない独立した第三者との協議・交渉

帳簿上の資産と価値の差

データヘルス事業の資産は6,400万円、負債は600万円で、差し引き5,800万円の純資産を持つ。それでも対価は1円である。

開示資料は事業の利益を示していないが、事業価値の算定で収益と将来の見通しを考えたうえで1円になったのであれば、この事業は単独では利益を生んでいないか、生んでいても、承継後にメドケアが負う費用と責任を差し引くとマイナスになると評価されたと考えられる。特定保健指導は健保組合や自治体などとの契約に基づくサービスであり、受託した以上は継続して提供する体制が求められる。開示資料も、利用者・委託元に対するサービス提供責任を果たすことを承継先選びの理由に挙げている。

エス・エム・エスにとっては、純資産5,800万円分の資産を手放す代わりに、事業を続ける責任から離れられる。2026年3月期の営業利益67億8,700万円に対し、5,800万円は約0.9%である(筆者計算。実際の損益への影響は効力発生日の帳簿価額などにより異なる)。

承継先メドケアの状況

メドケアはオンライン診療、特定保健指導、禁煙外来などのサービスを提供する会社で、エムスリーが100%を持つ。直前事業年度の純資産は△1億4,600万円、総資産は1億700万円で、債務超過である。詳細な業績は守秘義務により開示されていない。

メドケアは同種のオンライン医療・保健指導サービスの基盤を持っている。エス・エム・エスの事業を引き継げば、既存の運営体制に契約と人員を加えて事業規模を広げられる。1円で売上5億9,000万円分の事業と5,800万円分の資産を得る取引である。一方で、債務超過の会社が委託元への責任を引き継ぐ点は、エス・エム・エスが開示資料で「債務履行の見込みに問題はない」と判断している部分でもある。

ストレスチェック事業を買うウェルネスCの計算

価格は非開示、規模は軽微基準の範囲内

ストレスチェック事業は、エス・エム・エスがいったん新設会社(株式会社ストレスチェック)に移し、その全株式をウェルネスCに譲渡する。ウェルネスCは2027年1月1日に新設会社を吸収合併する予定である。

ウェルネスCの開示によれば、取得価額は第三者算定機関の評価を参考に、対象事業の財政状態、経営成績、将来の収益見通しを考えて交渉で決めた。価格そのものは非開示で、本件は東京証券取引所の適時開示の軽微基準の範囲内だとしている。

項目 ウェルネスC(2026年3月期・連結) 対象事業
売上高 147億7,800万円 1億7,900万円
営業利益 11億8,600万円 非開示
純資産 58億3,200万円 約2,700万円(資産−負債、筆者計算)
総資産 97億2,900万円 3,000万円

対象事業の売上高はウェルネスCの約1.2%にあたる(筆者計算)。

ウェルネスCが欲しいのは顧客基盤

ウェルネスCは、健康管理クラウド「Growbase」とメンタルヘルスサービス「Growbase Mentally」を提供している。開示資料によれば、取得の狙いは、エス・エム・エスのストレスチェック事業が持つ医療機関・介護事業者の顧客基盤と営業チャネル、運営ノウハウ、専門人材である。ウェルネスCは、医療機関向けのサービス展開を強化するとしている。

ストレスチェックは労働安全衛生法に基づく制度である。ウェルネスCは開示資料で、今後予定されている制度の対象範囲の拡大などにより市場の成長が見込まれると説明している。エス・エム・エスにとっては注力領域外の小さな事業でも、メンタルヘルス領域を主力に据える会社にとっては、顧客の入り口を広げる取引になる。

ウェルネスCの株主はSOMPOホールディングス(32.08%)とLHP Holdings, L.P.(28.65%)が上位を占める。

同じ日の2件が示すこと

エス・エム・エスは同じ日に、2つの小規模事業をそれぞれ別の相手に移した。データヘルス事業は1円で同種サービスを持つ会社へ、ストレスチェック事業は価格非開示でメンタルヘルスを主力とする上場会社へ、という分け方である。

2つの取引に共通するのは、事業を「売って利益を得る」ことより、事業を続けられる相手に「引き取ってもらう」ことを優先している点である。純資産5,800万円の事業を1円で渡す判断は、エス・エム・エスが個々の事業の売却価格よりも、注力領域に人と資金を集めることを重視していることを示している。

エス・エム・エスの株主にとっての論点は、こうした小規模事業の整理の先に、ロードマップで示した注力領域の成長がどれだけ実現するかである。今回の2件は連結売上の1.2%にすぎず、ポートフォリオ見直しの本体は今後の開示で確認する必要がある。

事業を手放す前の整え方が問われた事例として、以下の記事もある。

明治、債務超過32億円の日本罐詰をヨシムラ・フードHDへ——営業黒字の子会社を「1株の増資」で整えてから手放す
https://assetsalon.online/meiji-yoshimura-nihon-kanzume-transfer-2026/

非中核事業を会社分割で切り出した事例として、以下もある。

ALiNKがGMOに会社分割、非中核事業を切り出す理由
https://assetsalon.online/alink-gmo-carveout-simple-split/

引用元

一次情報

株式会社エス・エム・エス「会社分割(簡易吸収分割)によるデータヘルス事業のメドケア株式会社への承継に関するお知らせ」(2026年10月21日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261021/140120261021554115.pdf

株式会社エス・エム・エス「会社分割(簡易新設分割)による子会社の設立及び当該子会社の株式譲渡(子会社の異動)に関するお知らせ」(2026年10月21日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261021/140120261002545031.pdf

ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社「株式会社エス・エム・エスのストレスチェック事業を承継する新設会社の買収(株式取得)及び吸収合併に関するお知らせ」(2026年10月21日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261021/140120261021553927.pdf

ディスクロージャー

本記事は株式会社エス・エム・エスおよびウェルネス・コミュニケーションズ株式会社の適時開示資料をもとにした分析です。承継する資産と負債の差額、連結売上高や営業利益に対する比率、純資産の減少額などは、開示数値から筆者が計算したものです。対価1円の背景や取引の意図に関する記述は、開示資料に明示されていない筆者の解釈を含みます。ストレスチェック制度に関する記述は一般的な説明です。特定銘柄の売買を勧めるものではありません。判断にあたっては一次情報を確認し、必要に応じて専門家にご相談ください。

アセットサロン編集長

日系M&AアドバイザリーファームにてM&A業務に従事。上場企業・中堅企業のM&A仲介・FA業務を中心に、デューデリジェンス、バリュエーション(DCF法・マルチプル法)、スキーム設計、契約交渉、PMI支援を経験。現在は、TDnetに日々公開される上場企業の適時開示情報をもとに、M&Aの背景・財務的影響・業界再編の動向を独自の視点で解説するメディア「アセットサロン」を運営。専門分野:上場会社M&A・TOB・PMI・企業価値評価・資本政策・IR解説

シェアする