フェローテックの日本抵抗器TOB——赤字企業にPBR2倍の理由

フェローテック(6890)は2026年9月17日、抵抗器やハイブリッドICを手がける電子部品メーカーの日本抵抗器製作所(6977)に対し、1株1,901円で公開買付け(TOB)を始めると発表しました。買付期間は9月18日から11月5日までの30営業日です。成立後はスクイーズアウト(残りの株主から株式を強制的に取得する手続)を経て完全子会社化し、日本抵抗器製作所は上場廃止となる予定です。対象会社の取締役会は賛同し、株主に応募を推奨しています。

買付総額は約23.5億円で、公表前営業日の終値1,318円に対するプレミアムは44.23%です。一方、日本抵抗器製作所は2024年12月期・2025年12月期と2期連続で減収・経常赤字でした。1株純資産946.07円(2025年12月末)に対し、TOB価格はPBR約2.0倍にあたります。赤字が続く会社に純資産の2倍を払う根拠はどこにあるのか。これが本記事の問いです。

本記事では、開示資料と決算短信をもとに、1,740円から1,901円までの4回の価格交渉、算定レンジの中での価格の位置、純有利子負債を加えた企業価値(EV)の試算、マジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)条件を置かない下限50.01%の意味を検証します。あわせて、同じ買い手が2023年に実施した大泉製作所の完全子会社化TOBと比べ、フェローテックの「再生モデル」が本件でも機能するかを考えます。情報は2026年10月29日時点の公表資料に基づきます。

目次

案件の要点:1株1,901円・総額約23.5億円で完全子会社化を目指す

フェローテックは公表時点で日本抵抗器製作所の株式を保有していません。資本関係のない第三者による完全子会社化で、TOBが一段階目、スクイーズアウトが二段階目です。対象会社の代表取締役社長の木村準氏(8.61%)と社外取締役の今井芳範氏(3.25%)は、保有株すべて(合計146,663株、所有割合11.85%)を応募する契約をフェローテックと結んでいます。

項目 内容
公表日 2026年9月17日
買付者 フェローテック(東証スタンダード、6890)
対象会社 日本抵抗器製作所(東証スタンダード、6977)
買付価格 普通株式1株につき1,901円(現金)
買付予定数 1,237,203株(上限なし)
買付予定数の下限 618,700株(所有割合50.01%)
買付代金 約2,351百万円
買付期間 2026年9月18日〜11月5日(30営業日)
決済開始日 2026年11月12日
応募契約 木村準氏・今井芳範氏、合計146,663株(11.85%)
対象会社の意見 賛同・応募推奨
二段階目 議決権90%以上なら株式売渡請求、90%未満なら株式併合(臨時株主総会は2027年1月上旬を目途に開催する場合に備え、基準日を2026年11月13日に設定済み。当初の開示では2026年12月下旬頃の予定)。株主に交付する金銭は、TOB価格1,901円に保有株数を掛けた額と同じになるよう算定する予定

所有割合の分母(基準株式数)は、発行済株式1,240,000株から自己株式2,797株を除いた1,237,203株です。対象会社はTOBの成立を条件に、2026年12月期の期末配当を行わないことも決めています。

1,740円から1,901円へ:特別委員会との4回の価格交渉

案件の発端は対象会社側にあります。日本抵抗器製作所は2025年4月頃から、単独での成長以外に事業提携や資本業務提携を検討し始めました。同年11月にみずほ証券を通じてフェローテックに打診し、フェローテックは富山工場を視察しています。2026年1月26日にフェローテックが株式取得を含む協議を提案し、2月9日には対象会社が完全子会社化も有力な選択肢として協議を続けると回答しました。5月21日に法的拘束力のない意向表明書が出され、6月5日に特別委員会が設置されています。デューデリジェンス(買収監査)は6月上旬から8月上旬に行われました。

価格交渉は次のとおり進みました。増加率は初回提案1,740円を基準に編集部が計算したものです。

日付 提示・回答 価格 初回提案比
8月17日 フェローテックが初回提案 1,740円 ―
8月20日 特別委員会が再考を要請 ― ―
8月24日 再提案(1回目) 1,825円 +4.89%
8月27日 特別委員会が再考を要請 ― ―
9月2日 再提案(2回目) 1,900円 +9.20%
9月3日 特別委員会が再考を要請 ― ―
9月9日 フェローテックが価格は変えないと回答 1,900円 +9.20%
9月10日 特別委員会が株価推移を踏まえ再考を要請 ― ―
9月15日 再提案(3回目) 1,901円 +9.25%
9月16日 特別委員会・対象会社が応諾 1,901円 +9.25%

初回提案からの引き上げ幅は161円で、基準株式数で換算すると約1.99億円です。注目すべきは最後の1円です。フェローテックは9月9日にいったん1,900円から動かないと回答し、特別委員会は翌日、株価の推移を理由に重ねて再考を求めました。最終的に1,900円は1,901円に変わりましたが、なぜ1円なのかは開示されていません。

編集部の見方では、この1円は経済的な意味よりも、特別委員会の要請に買い手が応じたという手続上の意味が大きいと考えられます。特別委員会が最後まで交渉を打ち切らなかった記録は、後で価格の公正性を説明する材料になります。同時に、買い手が1,900円付近に上限を置いていたこともうかがえます。

TOB価格を検証する:PBR約2.0倍、DCFレンジの上位86%の位置

プレミアムは期間によって28%から48%まで開く

基準 株価 プレミアム
公表前営業日(9月16日)終値 1,318円 44.23%
過去1か月平均 1,441円 31.92%
過去3か月平均 1,486円 27.93%
過去6か月平均 1,283円 48.17%

3か月平均(1,486円)が前日終値(1,318円)を上回っており、公表前の数か月に株価がいったん上がってから下がったことが分かります。前日終値だけを見れば44%ですが、3か月平均を基準にすると28%です。どの期間を基準にするかでプレミアムの見え方は大きく変わります。特別委員会が9月10日に「株価推移」を理由に再考を求めた背景には、この差があった可能性があります。

算定レンジの中で1,901円はどこにあるか

算定機関(依頼者) 手法 算定レンジ 中央値 1,901円の位置
デロイト トーマツ(買付者) 市場株価法 1,283〜1,486円 1,384.5円 上限を超える
デロイト トーマツ(買付者) DCF法 1,315〜1,992円 1,653.5円 下限から86.6%の位置
みずほ証券(対象会社) 市場株価基準法 1,283〜1,486円 1,384.5円 上限を超える
みずほ証券(対象会社) 類似企業比較法 545〜1,040円 792.5円 上限の約1.8倍
みずほ証券(対象会社) DCF法 1,181〜2,019円 1,600.0円 下限から85.9%の位置

中央値と位置は編集部が計算しました。位置は(1,901円−下限)÷(上限−下限)です。各レンジは、算定機関がそれぞれ置いた前提(事業計画、割引率など)による1株当たりの株式価値です。位置は価格の高さを比べる目安で、評価そのものではありません。

特別委員会は、1,901円が市場株価基準法と類似企業比較法の上限を上回り、DCF法の中央値も上回ることを、価格が妥当だと判断した理由の一つに挙げています。どちらの算定機関もフェアネス・オピニオン(価格が公正だとする意見書)は出していません。

この表から読み取れるのは、価格を支えているのがDCF法だけという点です。類似企業比較法のレンジは545〜1,040円で、1,901円はその上限の約1.8倍です。赤字企業は利益を基準にした倍率が使えず、同業の上場会社との比較では株価が低く出やすいことを考えても、差は大きいといえます。DCF法の前提となる事業計画は2026年12月期以降の増益を見込んでいますが、開示されているのは増減の要因の説明だけで、各期の数値、割引率、永久成長率は開示されていません。両社とも、事業計画にシナジー(統合効果)を織り込んでいないと説明しています。

つまり1,901円は、対象会社が単独で計画どおり回復した場合の価値の上位に位置します。シナジーを価格に含めていないという建前の一方で、単独の回復計画にかなりの信頼を置いた価格です。

EVで見ると約45億円、売上高の0.7〜0.8倍

TOB価格は株式の価格です。借入金の多い会社では、事業そのものの値段を示すEV(株式価値+純有利子負債)で見る必要があります。

項目 金額(百万円) 前提
株式価値(TOB価格ベース) 2,351.9 1,901円×1,237,203株
有利子負債 4,127.2 短期借入金2,316.9+長期借入金1,722.5+リース債務87.7(2026年6月末)
現金及び預金 2,009.8 2026年6月末
純有利子負債 2,117.4 有利子負債−現金及び預金
EV 4,469.3 株式価値+純有利子負債
参考:非支配株主持分等 549.7 純資産1,727.7−自己資本1,178(差額で推計)
参考:EV(非支配株主持分等を加算) 5,019.0

金額は編集部が計算しました。前提は次のとおりです。株式価値は、TOB価格で基準株式数のすべて(100%)を取得した場合の金額です(フェローテックの取得前の保有は0%)。純有利子負債は、公表前で最新の2026年6月末(中間期末)の連結貸借対照表の値です。TOBの決済時点の残高とは異なります。リース債務は有利子負債に含め、事業に必要な運転資金としての現金は差し引いていません。

倍率(編集部試算) EV 4,469百万円 非支配株主持分等を加算
EV/売上高(2025年12月期実績5,905百万円) 0.76倍 0.85倍
EV/売上高(2026年12月期会社予想6,500百万円) 0.69倍 0.77倍
PBR(1株純資産946.07円、2025年12月末の開示値) 2.01倍 ―
PBR(1株純資産952.1円、2026年6月末の自己資本1,178百万円÷基準株式数) 2.00倍 ―
PER(2026年12月期予想純利益100百万円) 23.5倍 ―

EV/EBITDA(EBITDAは営業利益に減価償却費を足した稼ぐ力の指標)は、今回参照した資料で減価償却費を確認できないため計算していません。PERは予想利益が小さいため振れ幅が大きく、参考程度の数値です。これらは公表資料から作った目安で、正式な企業価値評価ではありません。

数値から見える構図はこうです。株式価値は約23.5億円ですが、対象会社は約21億円の純有利子負債を抱えており、自己資本比率は16.0%にとどまります。フェローテックが実際に引き受ける事業の値段は約45億円です。PBR2倍という数字だけを見ると割高に映りますが、売上高に対するEVは1倍を下回ります。純資産が小さく借入金が多い会社では、PBRは高く、EV/売上高は低く出ます。どちらの指標で見るかで、評価は大きく変わります。

日本抵抗器製作所:2期連続赤字、老朽化した工場、後継者不在

日本抵抗器製作所は、抵抗器、ポテンショメーター(回転角度などを検出する可変抵抗器)、ハイブリッドIC、電子機器を製造・販売しています。主な用途は自動車、産業機械、農業用電機、医療機器、家電です。富山工場と大分工場のほか、中国・上海やタイにも生産拠点を持ち、連結子会社は10社です。基礎研究から設計、部材調達、製造、販売までを自社で手がけ、顧客ごとのカスタム品を少量多品種で作れることを強みとしています。

決算期 売上高 営業損益 経常損益 親会社株主に帰属する純損益
2023年12月期 7,166 ― ― ―
2024年12月期 6,454 △133 △104 △181
2025年12月期 5,905 △109 △136 △376
2026年12月期 中間期 3,026 △15 △48 △53
2026年12月期 会社予想 6,500 110 100 100

単位:百万円。△は損失。2023年12月期は売上高のみ記載しています。

売上高は2年で約18%減りました。開示資料は、原材料や燃料の値上がり、物流費の上昇、円安による海外生産コストの増加、産業機械市況の回復の遅れ、顧客の在庫調整を外部要因として挙げています。社内の課題としては、人材不足、生産工程の自動化の遅れ、資金余力の不足による工場の老朽化と設備投資の停滞を挙げています。

財務面では、2026年6月末の借入金が約40.4億円と、年間売上高の6割を超えます。自己資本比率は16.0%です。設備を更新したくても、借入余力も利益も乏しい状態です。さらに、経営陣が高齢化している一方で、後継者は決まっていません。連結子会社の日本抵抗器大分製作所では元従業員による現金の私的流用が発覚し、2025年12月期の中間期に過年度決算の訂正に伴う費用として20,885千円を計上しています。

大株主は日本証券金融(11.24%)、木村準氏(8.61%)、松原明男氏(5.40%)、日本抵抗器関連会社従業員持株会(4.81%)と分散しており、特定の支配株主はいません(2026年6月30日時点)。

フェローテック:売上高2,889億円の買い手にとっての23.5億円

フェローテックは、半導体製造装置向けの真空シールや石英、セラミックス、シリコン製品、電子デバイス向けのサーモモジュール(電気で冷却・加熱する素子)、パワー半導体用基板、センサ、車載用の製品などを手がけます。1980年に米国企業の輸入販売会社として設立され、2017年に持株会社体制へ移り、2025年7月に連結子会社を吸収合併して事業会社に戻りました。2026年3月末時点のグループは98社です。

項目(2026年3月期・連結) 金額
売上高 288,933百万円
営業利益 27,561百万円
経常利益 26,063百万円
親会社株主に帰属する当期純利益 14,886百万円
総資産 689,238百万円
純資産 362,075百万円
自己資本比率 37.6%
現金及び現金同等物(期末) 113,960百万円

フェローテックは決算期を3月から12月に変えるため、2026年12月期は4月から12月までの9か月間の決算になります。中期経営計画では、2028年12月期に売上高4,500億円、営業利益570億円を目標に掲げています。

買付代金の約23.5億円は、フェローテックの純資産の0.65%、期末の現金同等物の2.06%にすぎません(編集部計算)。TOBの資金を自己資金と借入のどちらで賄うかは、今回参照した資料では確認できませんでした。いずれにしても、買い手の財務に与える影響は小さい規模です。この差が、本件を理解するうえで重要です。対象会社にとっては単独では難しい設備投資が、買い手にとっては手元資金で十分に賄える規模だからです。

業界の中で見る日本抵抗器製作所:抵抗器の生産は伸び、売上は減った

2025年の国内抵抗器生産は12%増

経済産業省の生産動態統計をまとめたJEITAの電子工業生産実績表によると、2025年(1〜12月)の国内の抵抗器生産額は125,017百万円で、前年比12.0%増でした。数量は約1,353億個で8.5%増です。電子部品全体の生産額(3,400,240百万円、5.8%増)や受動部品(1,579,432百万円、1.4%増)を上回る伸びです。

この統計は国内工場での生産を集計したもので、海外工場の生産や各社の売上とは範囲が異なります。それでも、同じ2025年に日本抵抗器製作所の売上高は8.5%減りました。編集部は、業界の需要の伸びを取り込めていなかった可能性があるとみています。

社名に反して、抵抗器は売上の約4分の1

製品 2026年12月期中間期の売上高 構成比 開示された主な用途
抵抗器 806 26.6% 自動車、農電機器、電源機器、医療機器、家電
ポテンショメーター 403 13.3% 自動車、建設機械、農電機器
ハイブリッドIC 888 29.3% 自動車、空調、電源機器、医療機器、家電
電子機器 929 30.7% 自動車、空調機器、住設機器、農電機器
合計 3,026 100.0%

単位:百万円。構成比は編集部が計算しました。用途別の売上構成比は開示されていません。

ハイブリッドICと電子機器で売上の6割を占めます。日本抵抗器製作所は、標準品の抵抗器を大量に作る会社というより、顧客ごとに設計した部品やモジュールを少量多品種で作る会社です。2025年の統計にみる抵抗器の伸びが、同社の売上の大半には直接つながらない構造だと考えられます(編集部の分析)。ただし、2025年12月期の製品別売上は今回参照した資料にないため、どの製品が減収の主因かは確認できていません。

抵抗器を主力とする上場会社との比較

項目 KOA(2026年3月期) 日本抵抗器製作所
売上高 72,290百万円 5,905百万円(2025年12月期)
営業損益 3,650百万円(売上高比5.0%) △109百万円(2025年12月期)
抵抗器の売上構成比 93%(2025年度第4四半期) 26.6%(2026年12月期中間期)
用途別の売上構成比 自動車52%、産業機器11%、通信9%、電源6%、家電4%、その他18%(2025年度第4四半期) 開示なし
生産拠点の動き 中国・太倉の新工場が2025年10月に出荷開始、マレーシアの新工場は2026年10月に出荷開始予定 富山・大分・上海・タイ。工場の老朽化と設備投資の停滞を開示

決算期と構成比の時点は会社ごとに異なります。営業利益率は編集部が計算しました。

KOAは売上の9割超を抵抗器が占め、日本抵抗器製作所の約12倍の売上規模があります。KOAの決算説明会では、中国を中心とする自動車向けとアジアのデータセンター向けAI関連機器の需要が堅調だった一方、日本と欧州では顧客の在庫調整が続いたと説明されています。原材料(抵抗体ペーストに使う貴金属など)の値上がりに対して値上げを進めているものの、顧客との交渉から価格に反映されるまで半年から1年かかるとも述べています。

規模で劣り、赤字が続く会社にとって、価格転嫁の遅れと新工場への投資は、どちらも単独では対応しにくい課題です。日本抵抗器製作所自身も、価格競争が厳しく、コスト競争力をつけることが最重要の経営課題だと開示しています。編集部の見方では、同社は量産規模で競う土俵ではなく、カスタム品とモジュールで顧客に選ばれる土俵にいます。その強みを保ったまま生産コストを下げることが、買い手に求められる役割です。

フェローテックの戦略とどこで重なるか

フェローテックは中期経営計画で、中国以外での生産の拡充(Ex-China)としてマレーシアなどでの生産を増やすこと、AI・データセンター向けへの注力、デジタル化と自動化による生産効率の向上を掲げています。日本抵抗器製作所は、事業計画を実現する資金と自動化の技術、海外の販売網を持っていません。この点で、フェローテックの経営資源とは補完関係にあります。日本抵抗器製作所のタイ工場がフェローテックの海外生産の再編の中でどう位置づけられるかは開示されていません。両社の東南アジアの拠点を組み合わせる余地はあると考えられますが、これは編集部の仮説です。

なぜ上場維持ではなく完全子会社化なのか

対象会社から見た選択肢

対象会社が取り得た道は、大きく分けて単独での再建、上場を維持したままの資本業務提携、完全子会社化の三つです。開示資料によると、上場を維持したままの提携では、短期的に利益を押し下げる構造改革(設備投資や拠点の再編)を進めにくいことが、完全子会社化を選んだ理由とされています。少数株主がいる限り、一時的に利益を減らす投資は株価下落という形で株主に負担をかけるからです。上場廃止で失う信用力や採用面、資金調達面への影響は限られると評価されています。

編集部の分析では、単独での再建は財務面で難しかったと考えられます。自己資本比率16%で赤字が続く会社が、工場の自動化や更新に必要な資金を新たに借り入れるのは容易ではありません。後継者がいないという問題は、単独では時間が解決しません。

フェローテックから見た理由

開示資料が挙げるシナジーは五つです。フェローテックの欧米・アジアの販売網を使った海外販売の拡大、自動化技術の導入による生産効率化、抵抗器・角度センサの技術者とフェローテックの温度センサ・サーモモジュールの技術者による共同開発、車載事業での相互補完と製品構成の改善、人材の交流と採用の支援です。

編集部の見方では、フェローテックにとっての価値は、車載・産業機器向けセンサー周辺の製品群と顧客基盤を、比較的小さな金額で手に入れられる点にあります。フェローテックの車載用サーモモジュールやパワー半導体基板は電動化に伴い需要が伸びる分野で、対象会社の角度センサや抵抗器と同じ顧客に提案できる可能性があります。ただし、これは用途が近いことからの推測です。共通の顧客がどの程度いるのかは開示されていません。対象会社の売上の約6割がハイブリッドICと電子機器というモジュール寄りの製品であることは、部品単体ではなくシステム単位の共同開発を掲げた開示の内容と整合します。

シナジーを阻む要因

障害も明確です。第一に、対象会社の強みは少量多品種のカスタム品ですが、開示が掲げる大量生産体制や自動化とは相性が悪い面があります。自動化を急いで標準品に寄せすぎると、カスタム対応を評価してきた既存顧客が離れるおそれがあります。第二に、現金の私的流用が起きた子会社を含め、内部統制を立て直す必要があります。第三に、工場の老朽化を解消するには、買収価格とは別にまとまった設備投資が必要です。開示資料には、自動化投資や工場再編の金額、時期は示されていません。

大泉製作所TOBとの比較:同じ買い手の「再生モデル」は移植できるか

フェローテックは開示資料で、2023年に完全子会社化した大泉製作所での経験、つまり技術開発と生産自動化を並行して支援し、量産立ち上げまでの期間を短くして粗利率を改善した手法を、本件にも適用すると説明しています。両案件を並べると、共通点と違いがはっきりします。

項目 大泉製作所(2023年) 日本抵抗器製作所(2026年)
公表日 2023年11月10日 2026年9月17日
対象会社の事業 サーミスタを使った電子部品・温度センサ 抵抗器・ポテンショメーター・ハイブリッドIC
買付前の所有割合 51.00%(連結子会社) 0%(資本関係なし)
買付価格 1,300円 1,901円
前営業日終値に対するプレミアム 46.89%(終値885円) 44.23%(終値1,318円)
過去1か月平均に対するプレミアム 76.15% 31.92%
過去3か月平均に対するプレミアム 68.18% 27.93%
買付代金 約5,898百万円 約2,351百万円
買付予定数の下限 1,450,500株(所有割合15.67%。買付後は約66.67%) 618,700株(所有割合50.01%)
開示された目的 親子上場の利益相反の解消、中国でのサーミスタ事業の推進、自動化・生産管理システムの導入支援 海外販売拡大、生産自動化、共同開発、車載事業の補完、人材支援

大泉製作所の買付代金は、買付予定数4,536,790株に1,300円を掛けて編集部が計算しました。大泉製作所の買付後の割合は、既存の51.00%に下限の15.67%を足した編集部の計算です。

大泉製作所は、フェローテックが過半数を持つ子会社を完全子会社化した案件で、論点は親子上場の利益相反でした。下限の置き方にも違いがあります。大泉製作所では、下限まで買い付ければ議決権の約3分の2に届き、株式併合の特別決議を単独で可決できる設計でした。本件の下限50.01%では、二段階目の可決は他の株主の出席率に左右されます(後述)。本件は資本関係のない会社の買収で、論点は経営権の移転と事業承継です。前営業日終値に対するプレミアムは近い水準ですが、平均株価を基準にすると本件のプレミアムは大泉製作所より低くなります。公表前に株価が上がっていた本件では、前日終値を基準にした44%という数字が実態より大きく見える面があります。

編集部の見方では、大泉製作所では子会社として数年関わった後に完全子会社化しました。本件では、デューデリジェンスの約2か月が対象会社を知る主な機会でした。大泉製作所で効いた手法をそのまま移せるかは、PMI(買収後の統合)の最初の1年で、工場の現状把握をどこまで早く進められるかにかかっていると考えられます。

MoMを置かない下限50.01%は少数株主にどう働くか

下限はどう決まったか

下限618,700株は、基準株式数1,237,203株に対応する議決権12,372個の過半数(6,187個)に、単元株式数100株を掛けた数です。経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年)は、MBOと支配株主による買収を主な対象とし、利害関係のない株主の過半数の応募を成立条件とするMoM条件を公正性担保措置の一つに挙げています。ただし、設定を必須とはしていません。本件は資本関係のない会社による買収で、指針の主な対象類型には当たりません。それでも社長と社外取締役が応募契約を結んでいるため、対象会社は特別委員会の設置など同様の措置をとっています。本件の特別委員会は、MoMを設定すると成立が不安定になり、かえって応募したい株主の利益を損なうおそれがあること、他の公正性担保措置が十分であることから、MoMがなくても手続の公正性は損なわれないと判断しました。

数字で見るMoMとの差

項目 株数 所有割合
応募契約株主(木村氏・今井氏) 146,663株 11.85%
下限 618,700株 50.01%
下限達成に必要な、応募契約株主以外からの応募 472,037株 応募契約株主以外の株式の43.3%
参考:MoM相当の下限(応募契約株主以外の過半数+応募契約株主) 691,934株 55.93%

数値は編集部が計算しました。MoM相当の下限は、利害関係者を応募契約を結んだ取締役2名だけとみなした参考値です。それ以外の1,090,540株の過半数(545,271株)に、応募契約株主の146,663株を足しています。本件では設定されていない条件で、利害関係者の範囲を広げれば数値は変わります。

現在の下限でも、成立には応募契約株主以外の株式の43.3%が応募する必要があります。MoMを置いた場合との差は、所有割合で約6ポイントです。この差は小さくないものの、制度上の差よりも重要なのは株主構成です。筆頭株主の日本証券金融(11.24%)は証券金融会社で、一般にその保有株は信用取引の貸借に伴うものとみられます。その場合、名義上の保有者が自ら応募を判断する株式とは性格が異なると考えられます。浮動株が多く、株主総会の議決権行使比率が過去3回の平均で57.08%にとどまる会社では、MoMを置くと実際に不成立になる可能性が高まります。特別委員会の判断には、この点が背景にあると考えられます。

二段階目で株式併合を確実に通せるか

下限ちょうどの株数でTOBが成立し、二段階目が株式併合になった場合を試算します。株式併合には、株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)が必要です。特別決議の定足数(議決権の過半数。定款で3分の1まで軽減できる)は、フェローテック単独で満たします。

試算の前提は、フェローテックの議決権が12,372個のうち6,187個(50.01%)で、残る6,185個を持つ他の株主のうち出席した人が全員反対するという、最も厳しいケースです。

他の株主の出席率 賛成比率(編集部試算) 3分の2との比較
30% 76.9% 上回る
40% 71.4% 上回る
50% 66.7% わずかに上回る
60% 62.5% 下回る

この前提では、可決は他の株主の出席率がおおむね50%以下であることが条件になります。実際の応募が下限を上回れば、条件は緩みます。反対に、取得が下限に近く他の株主の出席が多ければ、否決もあり得ます。開示資料によると、フェローテックは過去最高の行使比率60.09%を上回る61.00%の行使比率や、新たな大株主の議決権行使を保守的に想定して検証したうえで、下限を設定したとしています。

経営者への示唆

後継者不在の会社は、赤字のうちに売り手として動くほうが選択肢は広い

日本抵抗器製作所は2025年4月頃に提携の検討を始め、自らアドバイザーを通じて買い手に打診しました。2期連続の赤字でも、少量多品種の技術とカスタム対応力が評価され、PBR約2倍の価格がつきました。同じ2025年に国内の抵抗器生産は12.0%伸び、同社の売上は8.5%減りました。業界が伸びているのに自社が縮む年は、単独での巻き返しが難しくなっている兆候と読めます。ここからの教訓は、事業承継の問題を業績が回復してから考えるのでは遅いということです。借入に頼る状態が続き、純資産が減ってからでは、交渉の余地は小さくなります。後継者が決まらず設備の更新も遅れている中堅メーカーは、次の3つを毎年取締役会で確認するとよいでしょう。業界統計の伸びと自社売上の伸びの差、営業赤字が続いた期数、更新時期を過ぎた設備の割合です。あわせて、どの水準になったら提携や売却の打診を始めるかを、あらかじめ決めておくべきです。

買い手は「過去のPMIの実績」を価格交渉と説明の材料にできる

フェローテックは、大泉製作所での自動化支援の経験を、シナジーの根拠として開示資料に書き込みました。実績のある統合手法を持つ買い手は、売り手の経営陣にも株主にも、なぜ自社が引き受けるのかを具体的に説明できます。M&Aを繰り返す事業会社は、過去の案件で何を変え、粗利率や立ち上げ期間がどう改善したかを数字で記録し、次の案件の提案書に使える形で整理しておくことが有効です。

PBRとEVのどちらで見るかで、価格の見え方は変わる

本件はPBR約2.0倍ですが、EV/売上高は0.7〜0.8倍です。借入金の多い会社を買う場合、株式価値だけで割高・割安を判断すると、引き受ける負債を見落とします。経営者が買収案件を取締役会に諮るときは、株式の取得価格と、純有利子負債を含めた実質的な買収額の両方を示し、借入金の返済や借り換えの計画まで含めて投資回収を説明すべきです。

小さな案件ほど、設備投資の計画を価格と一緒に決める

買付代金はフェローテックの純資産の0.65%にすぎません。しかし本件の成否を決めるのは、買収価格よりも、その後に投じる工場の自動化・更新の投資です。開示資料にはその金額がありません。規模の小さい会社を買う経営者は、買収価格の承認と同時に、統合後3年程度の設備投資の上限と、投資の効果を測る指標(粗利率、量産立ち上げまでの期間など)を決めておくと、統合後の判断がぶれにくくなります。

M&A実務者への示唆

赤字会社の価格算定は、DCFの前提を中心に検証する

実務上の論点は、利益が出ていない会社の株式価値をどう評価するかです。本件では、みずほ証券の類似企業比較法が545〜1,040円にとどまり、1,901円を支えているのはDCF法だけでした。事業計画には2026年12月期以降の増益が織り込まれていますが、各期の数値や割引率は開示されていません。『M&A戦略の立案プロセス』は、直近の実績から正常な収益力を見極め、単独の計画とシナジーを含む計画を分けてシナリオごとに評価することを勧めています。『持株会社の実務 第9版』は、市場株価を基礎にDCF法や類似会社比較法などを併用する考え方を示しています。実務家は、事業計画の売上回復が価格転嫁と在庫調整の一巡のどちらに依存しているかを確かめる必要があります。さらに、計画の初年度(2026年12月期)の実績が計画どおりかを、中間期の実績(経常損失48百万円)と通期予想(経常利益100百万円)の差から点検し、下振れした場合にDCFの価値がどこまで下がるかを感応度分析で示しておくべきです。

最終局面の価格交渉は、記録の残し方が公正性を左右する

論点は、特別委員会が価格を引き上げた過程をどう説明できるかです。本件では、買い手が「価格は変えない」といったん回答した後も、特別委員会が株価推移を理由に再考を求め、1円の引き上げで合意しました。『M&A戦略の立案プロセス』は、買い手側にも、取締役会で決めた上限を守り、交渉の経緯を記録に残す規律を求めています。売り手側の特別委員会では、どの算定結果と株価データを根拠に再考を求めたのかを、要請のたびに記録しておくことが重要です。答申書で価格の妥当性を説明するときの土台になります。本件の特別委員会の報酬は成否にかかわらない固定報酬で、成功報酬は含まれていません。独立性を説明するうえで確認しておくべき事項です。

MoMを置かない場合は、株主構成のデータで説明する

論点は、MoMを置かない判断を少数株主にどう説明するかです。本件では、過去3回の株主総会の議決権行使比率(60.09%、52.73%、58.43%)を示して下限設定の合理性を説明しています。『持株会社の実務 第9版』は、TOB後に全株を取得する手段として株式売渡請求(議決権90%以上)と株式併合(特別決議)を整理しています。実務家は、MoMの有無を一般論で論じるのではなく、浮動株の比率、信用取引に関連する保有、従業員持株会や取引先持株会の議決権行使の傾向といった具体的なデータをもとに、成立と二段階目の可決の見込みを試算しておく必要があります。本件では、従業員持株会2つと取引先持株会の合計が約10.7%あり、これらの応募動向が成立を左右する要素の一つになります。

応募契約の解除条件と対抗提案への備え

論点は、取締役である大株主の応募契約が、他の買い手の参入をどこまで妨げるかです。本件の応募契約は、第三者が1,901円を10%以上上回る法的拘束力のある対抗提案をした場合など一定の条件を満たせば、木村氏と今井氏が対抗提案の側に応募を変えられる内容です。フェローテックと対象会社の間に、対抗提案者との接触を禁じる取引保護条項はありません。『M&A契約 モデル条項と解説』や『M&Aの契約実務 第2版』が扱う応募契約の実務では、解除条件の閾値、善管注意義務との関係、違約金の有無が交渉の対象になります。実務家は、閾値が10%であることが他の買い手にとって参入の壁として高すぎないか、そして木村氏と今井氏が対象会社の検討過程から外れていたこと(利益相反の回避)が記録上明確かを確認しておくべきです。

本件のまとめ

フェローテックは、日本抵抗器製作所に1株1,901円(総額約23.5億円)でTOBを行い、スクイーズアウトを経て完全子会社化することを目指しています。対象会社は2期連続の赤字で、工場の老朽化と後継者不在という課題を抱えています。上場を維持したままでは、短期的に利益を押し下げる構造改革を進めにくいことが、完全子会社化を選んだ理由とされています。

戦略面の論点は、国内の抵抗器生産が伸びるなかで売上を減らした会社を、量産競争に引き込まずに立て直せるかです。カスタム品とモジュールの強みを保ったまま、生産コストを下げられるかが問われます。大泉製作所での自動化支援の経験がカスタム品中心の会社にも効くかどうかが、買収の合理性を支える前提であり、成否を測る物差しにもなります。

価格は、PBRで見れば約2倍の高値です。しかしEVで見ると売上高の1倍未満で、DCF法の算定レンジの上位に位置します。この価格の根拠は、対象会社が単独でも計画どおり黒字に戻るという前提で、類似企業比較法の結果とは大きく離れています。特別委員会は4回の交渉で初回提案から9.25%の引き上げを引き出しましたが、最後の上積みは1円でした。MoMを置かない下限50.01%は、議決権行使比率の低い株主構成を踏まえれば合理的な設計です。ただし成立には、応募契約株主以外の株式の43%超の応募が必要です。

今後の注目点は、11月5日の期間終了後に公表されるTOBの結果(成立の可否と応募の比率)です。成立後は二段階目の手続の方法と時期、そして約21億円の純有利子負債を含む立て直しと、価格とは別に必要になる工場投資の計画が示されるかに注目します。

ディスクロージャー

本記事は、フェローテックおよび日本抵抗器製作所の適時開示資料、決算短信、公開買付届出書などの公表情報に基づく分析です。EV、倍率、算定レンジ内の位置、MoM相当の下限などの数値は、公表資料をもとに編集部が計算したもので、正式な企業価値評価ではありません。分析と仮説には編集部の解釈を含みます。本記事は特定の有価証券の売買やTOBへの応募・不応募を勧めるものではありません。投資やTOBへの応募に関する判断は、ご自身の責任で行ってください。

引用元・参考資料

適時開示資料・法定開示

決算短信

業界統計・競合企業の資料

類似M&A案件の資料

指針・参考書籍

  • 公正なM&Aの在り方に関する指針(経済産業省、2019年6月28日)
  • 木俣貴光『M&A戦略の立案プロセス』中央経済社、2019年、第1章・第4章
  • 發知敏雄ほか『持株会社の実務(第9版)』東洋経済新報社、2021年、第1章・第7章
  • 戸嶋浩二・内田修平・塩田尚也・松下憲『M&A契約 モデル条項と解説』商事法務、2018年、第3章
  • 藤原総一郎 編著『M&Aの契約実務(第2版)』中央経済社、2018年、第1編第2章・第3章

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アセットサロン編集長

日系M&AアドバイザリーファームにてM&A業務に従事。上場企業・中堅企業のM&A仲介・FA業務を中心に、デューデリジェンス、バリュエーション(DCF法・マルチプル法)、スキーム設計、契約交渉、PMI支援を経験。現在は、TDnetに日々公開される上場企業の適時開示情報をもとに、M&Aの背景・財務的影響・業界再編の動向を独自の視点で解説するメディア「アセットサロン」を運営。専門分野:上場会社M&A・TOB・PMI・企業価値評価・資本政策・IR解説

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