三菱電機株式会社(東証プライム、6503)は2026年10月20日、低圧遮断器や電磁開閉器などの配電制御機器事業を準備会社に吸収分割で移し、その株式の51%をABB Ltd.(スイス)の日本法人であるABB株式会社に譲渡すると発表した。譲渡価額は824億円(予定)で、取引後はABBが51%、三菱電機が49%を持つ合弁会社になる。
三菱電機は同月16日にも、車載機器事業の50%を鴻海精密工業グループへ譲渡する契約を締結したばかりである。本記事では、824億円という価格を100%換算し、事業の売上高・純資産と比べて評価水準を計算する。あわせて、三菱電機が2028年3月期に計上を見込む約900億円の利益と単純計算との差を確認し、車載事業の譲渡と比べる。
※情報基準日:2026年10月20日。数値は同日付の三菱電機の適時開示による。対象事業の数値は社内管理上の数値で、監査を受けていない。
目次
取引の骨格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象事業 | 低圧遮断器、電磁開閉器、計測制御機器、無停電電源装置(一般産業向け5kVA以下UPS)等。一部の高圧配電制御機器の販売・サービス、スマートメーターの開発・製造も承継 |
| 方式 | 三菱電機100%出資の新会社に吸収分割(簡易分割)→新会社株式の51%をABB株式会社へ譲渡 |
| 譲渡価額 | 824億円(予定、価格調整あり) |
| 価格の決め方 | 対象事業の2025年度EBITDA×合意した評価倍率に、現預金・デットライク項目等を調整 |
| 取引後の出資比率 | ABB株式会社51%、三菱電機49% |
| 取締役会 | ABB指名5名、三菱電機指名2名(計7名) |
| 取引後の位置づけ | ABBの連結子会社、三菱電機の持分法適用会社 |
| 新会社設立 | 2026年12月1日(予定) |
| 分割効力発生・株式譲渡実行 | 2027年10月1日(予定) |
| 実行条件 | 国内外の競争法当局等の許認可、契約上の前提条件 |
海外販売子会社が手がける対象事業の販売は、株式譲渡に合わせて各地域のABB現地法人へ移す。国内は合弁会社、海外販売はABBの既存網という分担である。
824億円を100%換算すると
開示資料はEBITDAの金額も倍率も示していない。そこで、開示されている売上高と資産・負債を使って、価格の水準を確認する。
| 指標 | 数値 | 計算 |
|---|---|---|
| 51%の譲渡価額 | 824億円 | 開示 |
| 100%換算の株式価値 | 約1,616億円 | 824億円÷51% |
| 対象事業の売上高(2026年3月期) | 1,022億円 | 開示(社内管理数値) |
| 対象事業の資産合計 | 695億円 | 2026年3月31日現在 |
| 対象事業の負債合計 | 219億円 | 同上 |
| 対象事業の純資産(資産−負債) | 476億円 | 筆者計算 |
| 株式価値÷売上高 | 約1.6倍 | 筆者計算 |
| 株式価値÷純資産 | 約3.4倍 | 筆者計算 |
事業の帳簿上の純資産476億円に対し、約3.4倍の値段が付いた計算になる。
ただし、この換算は51%の価格をそのまま100%に引き延ばしたものである。51%は支配権を伴う持分なので、価格には支配権のプレミアムが含まれている可能性がある。また、824億円には現預金やデットライク項目の調整が入っており、新会社に移る現預金や負債の額は開示されていない。株式価値÷売上高の1.6倍は、企業価値(EV)ベースの倍率とは一致しない点に注意が必要である。
三菱電機の2026年3月期の連結売上高は5兆8,947億円で、対象事業1,022億円は約1.7%にあたる(筆者計算)。グループ全体から見れば小さな事業だが、価格は簿価を大きく上回っている。
なぜ51%を手放すのか
開示資料が示す理由
開示資料によれば、対象事業は国内で高い市場ポジションを確立している。一方、海外ではさらなる電化の普及で需要増と競争の激化が見込まれ、製品力やソリューション対応力を含むグローバル競争力の強化には、パートナーとの共同運営が必要だと判断したとしている。
ABBは配電・電力制御分野で世界有数の事業者である。ABB側のコメントでも、日本とアジアにおける配電・電力制御事業のプレゼンス強化が目的として挙げられている。
国内に強く、海外で弱い事業の出口
この組み合わせは、国内シェアの高い事業を持つ三菱電機と、グローバルな販売網を持つABBの役割分担とみることができる。三菱電機は単独で海外の販売網を築く投資を避け、ABBは日本市場での顧客基盤と製品群を手に入れる。
海外販売をABBの現地法人に移す設計は、三菱電機ブランドの配電制御機器が海外ではABBの販売網に組み込まれることを意味する。三菱電機が海外で自前の配電制御機器の販売網を持ち続けるという選択肢は、この取引で事実上なくなる。
49%を残す意味
三菱電機は49%を持ち続け、持分法で利益の一部を取り込む。取締役会は7名中2名を指名できるが、過半数はABBが握る。事業の方向性を決めるのはABBであり、三菱電機は少数株主として参加する形になる。
将来、ABBが残りの49%を取得するかどうかは開示されていない。合弁契約に株式の買取りや売却の権利(プット・コール・オプション)があるかも示されていない。49%の扱いは、今後の開示で確認すべき点である。
4日前の車載事業譲渡との比較
三菱電機は10月16日、自動車機器事業を担う三菱電機モビリティの株式50%を鴻海精密工業グループに1,150億円で譲渡する契約を締結している。同じ週に発表された2件は、いずれも事業を丸ごと売らずに半分前後を外部の大手に渡し、自らは持分を残す形である。
| 項目 | 車載機器事業(10月16日) | 配電制御機器事業(10月20日) |
|---|---|---|
| 相手先 | 鴻海精密工業グループ | ABB |
| 譲渡比率 | 50% | 51% |
| 譲渡価額 | 1,150億円 | 824億円 |
| 譲渡後の三菱電機の位置づけ | 持分法適用会社 | 持分法適用会社 |
| 実行予定 | 2027年10月 | 2027年10月1日 |
| 三菱電機の損益への影響 | 減損損失約1,000億円(2027年3月期) | 利益約900億円(2028年3月期) |
(開示資料および当サイトの2026年10月16日付記事による)
形は似ているが、損益の向きは逆である。車載機器事業は企業価値が売上高の約0.37倍にとどまり減損を伴ったのに対し、配電制御機器事業は株式価値だけで売上高の約1.6倍と評価され、利益が出る。
三菱電機は、赤字や低収益の事業だけでなく、国内で高いシェアを持ち簿価を大きく上回る値が付く事業についても、過半を手放す判断をしたことになる。前者は事業の立て直しをパートナーに委ねる取引、後者はグローバル展開をパートナーに委ねる取引とみることができる。
日程
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 2026年10月20日 | 機関決定、本取引に関する契約締結 |
| 2026年12月1日 | 新会社(Melco 配制機器事業分割準備株式会社)設立(予定) |
| 2027年8月1日 | 吸収分割契約締結(予定) |
| 2027年10月1日 | 会社分割の効力発生、株式譲渡の実行(予定) |
| 2028年3月期 | 約900億円の利益を計上する見込み |
発表から実行まで約1年ある。競争法当局の審査が条件であり、日本国内で高いシェアを持つ事業とABBの国内事業が一体になる点は、審査の論点になり得る。
価格と残す49%の見方
824億円は、100%換算で事業の純資産の約3.4倍、売上高の約1.6倍にあたる。三菱電機は国内で強い配電制御機器事業を、EBITDAに倍率を掛ける方式で評価してもらい、帳簿価額を大きく上回る価格でABBに過半を譲る。
一方、約900億円の利益見込みは、51%の価格を単純に100%へ引き延ばした計算より約240億円小さい。差の理由は開示されていないが、残る49%が51%と同じ単価では評価されていない可能性がある。三菱電機の株主にとっては、売却益の額だけでなく、支配権を失った49%の価値をどう保ち、いずれ現金化できるのかが、この取引の評価を左右する。
三菱電機の車載機器事業の譲渡については、以下の記事で取り上げている。
三菱電機、車載事業の50%を鴻海に譲渡——減損1,000億円
https://assetsalon.online/mitsubishi-electric-mobility-foxconn-50pct-2026/
事業を分割して海外企業との合弁に移した例として、以下の記事もある。
中国市場撤退の現実解——アルバックがFPD事業を分割して合弁に統合した決断の核心
https://assetsalon.online/ulvac-pst-fpd-target-spinoff-china-jv-2026/
引用元
一次情報
三菱電機株式会社「配電制御機器事業の合弁会社化に向けた子会社設立、当社及び子会社間の会社分割(簡易分割)並びにABBとの株式譲渡契約等の締結に関するお知らせ」(2026年10月20日、TDnet)
https://tdnet-pdf.kabutan.jp/20261020/140120261020553397.pdf
ディスクロージャー
本記事は三菱電機株式会社の適時開示資料をもとにした分析です。100%換算の株式価値、売上高・純資産に対する倍率、利益の単純計算、49%の評価額の試算などは、開示数値から筆者が計算したものです。会計処理に関する記述は一般的な考え方に基づく試算であり、同社の実際の会計処理とは異なる可能性があります。取引の意図に関する記述は、開示資料に明示されていない筆者の解釈を含みます。特定銘柄の売買を勧めるものではありません。判断にあたっては一次情報を確認し、必要に応じて専門家にご相談ください。