東京→大阪→福岡——エクストリームのIT地方展開M&AとSESビジネスの地理的論理

2026年6月24日、株式会社エクストリーム(東証グロース:6033)は福岡市の2社を子会社化すると決議した。対象は、SES会社の株式会社アットアイパスと、受託開発会社の株式会社インフィズジャパンである。両社は同時に100%子会社化される。つまり、これは地方のSES会社を取り込む「地方展開M&A」の典型例だ。

2社は同一の創業者(小川拓郎氏)が代表を務める。また、同一住所に本社を置く、事実上の兄弟会社だ。アットアイパスは売上高約2億8千万円・従業員32名の中堅SES会社である。また、インフィズジャパンは売上高約4千万円・従業員6名の小規模受託開発会社だ。

なぜ東京のIT会社が、今、福岡の中小SES2社を同時に取得するのか。

その答えは、IT業界における「人材獲得の地政学」にある。

1. 案件概要

項目 内容
案件名 アットアイパス・インフィズジャパン株式取得(子会社化)
開示会社 株式会社エクストリーム(6033)
対象会社 株式会社アットアイパス/株式会社インフィズジャパン
買手 株式会社エクストリーム
売手 小川拓郎(アットアイパス95%・インフィズジャパン100%)、小川祐仁(アットアイパス5%)
スキーム 株式譲渡(各社100%取得)
取得価額 各社とも非開示(各社とも純資産の15%未満)
実行予定日 2026年6月30日
開示日 2026年6月24日

2. なぜ今この地方展開M&Aなのか

IT業界の人材地政学:東京集中からの脱却

IT業界ではエンジニア不足が慢性的に深刻化している。そのため、東京・大阪の主要都市では採用コストが高騰している。SES会社にとっての原価、つまりエンジニアの人件費が上昇し続ける構造だ。

この問題を地理的に解決しようとするのが「ニアショア戦略」だ。

地方都市にSES拠点を持つことには、三重の効果がある。①採用競争が比較的緩やかな市場でのエンジニア確保、②東京クライアントへのフルリモート・ニアショア開発対応、③物価差を活かした一定のコスト競争力——の3点だ。

エクストリームはこの考えに基づき、2025年1月に大阪拠点を開設。そして2026年6月、福岡への展開に踏み切った。東京→大阪→福岡という地方展開のロードマップが明確だ。

なぜ「自社で開設」でなく「地方展開M&Aで取得」か

有機的な拠点開設(グリーンフィールド)には時間がかかる。一方、M&Aによる拠点獲得には決定的なメリットがある。既存の顧客基盤とエンジニア集団を即座に手に入れられるからだ。

アットアイパスは2001年設立・25年の歴史を持つ。福岡地域に根差した顧客関係を長年築いてきた。一方、インフィズジャパンは2018年設立と比較的新しい。しかし、着実に成長しており、売上高は29→33→41百万円と推移している。

特に注目すべきは、アットアイパスの独自教育プログラムだ。未経験者を数か月でITエンジニアとして育成する仕組みである。つまり、エンジニア採用競争から外れて人材を供給できる。こうした育成ルートの仕組みは、東京では作りにくい。

同一オーナー2社の同時取得:束ねることの合理性

アットアイパスとインフィズジャパンは同じ創業者(小川拓郎氏)が代表を務める。住所も同一だ。2社を同時に取得することで、オーナーにとっては「一括で手を引ける」メリットがある。また、エクストリームとしても、福岡拠点を一気に確保できる。2社合計で売上約324百万円・38名の規模だ。この一括取得も、地方展開M&Aとしての合理性を裏付けている。

3. 想定されるシナジー・経営効果

顧客基盤の統合

両社は福岡の既存顧客基盤を持つ。そこに、エクストリームが持つ東京クライアントへの接続が加わる。近年では東京などの顧客のフルリモート・ニアショア案件にも対応している。そのため、エクストリームの既存顧客へのクロスセルが期待できる。特に東京のSES案件をニアショア・リモートで受託できる体制が整う。そのため、受注単価の向上が見込まれる。

エンジニア育成パイプラインの獲得

アットアイパスの未経験者育成プログラムは、採用コストの構造的削減に直結する。つまり、中途採用市場で競争しなくとも、質の高いエンジニアを継続的に供給できる。この仕組みは、SESビジネスの持続的競争力の源泉になりうる。

技術レンジの拡張

両社はWEB系・オープン系から制御系まで幅広い開発に対応している。そのため、エクストリームのエンジニアポートフォリオを補完する。

財務面

取得価額は各社とも純資産の15%未満とされている。そのため、小規模な投資でリスクを抑えた取得といえる。なお、アットアイパスの直近純資産は約118百万円である。インフィズジャパンは約24百万円だ。両社合計でも142百万円程度であり、取得総額は数千万円〜1億円台の可能性が高い。

4. スケジュール

項目 日付
取締役会決議 2026年6月24日
株式譲渡契約締結予定 2026年6月30日
株式譲渡実行予定 2026年6月30日
連結子会社化時期 2027年3月期第2四半期(予定)
業績への影響 2027年3月期は軽微

5. M&A実務上の注目ポイント

2社同時取得の実務的課題

同一オーナーから2社を同時に取得する場合がある。この場合、デューデリジェンスは原則として各社別々に行う必要がある。法人格が異なるため、財務・法務・労務の各DDを2社分実施することになる。しかし、住所・代表者が同一であることから効率化できる面もある。実質的に統合したプロセスで進められる。

クロージング条件の相互リンケージを設けているかどうかが実務上の重要ポイントだ。一方がクローズできない場合に他方もキャンセルする仕組みかが焦点となる。なお、開示には明記されていない。しかし、両社セットでのクロージングを前提とした設計である可能性が高い。

取得価額の非開示と規模感

両社とも取得価額が純資産の15%未満(開示免除水準)に収まっている。SES会社のバリュエーションは通常EBITDAの5〜8倍程度が相場とされる。一方、両社の営業利益合計は約15百万円(アットアイパス10百万円+インフィズジャパン4百万円)である。そのため、EBITDAベースでも1億円台の取得価額が考えられる。なお、「手元資金にて対応」とされており、資金調達リスクはない。

PMIの核心:創業者の処遇と組織統合

小川拓郎氏が創業した2社を買収した後、同氏をどう処遇するかがPMIの鍵だ。創業者が早期に離脱すれば顧客・エンジニアも離れるリスクがある。そのため、一定期間のロックアップ契約(継続雇用・競業避止)を設定しているかが重要だ。しかし、開示には記載がない。

また、フルリモートでの東京クライアント対応には課題もある。コミュニケーションコストが内包される点だ。エクストリームとしては、仕組みづくりが必要になる。福岡エンジニアを東京型のプロジェクト管理に統合するためだ。

6. 経営者への示唆

示唆1:IT採用競争は「地政学的な戦い」でもある

東京でエンジニアの採用競争をしている限り、コストは上がり続ける。地方の人材市場は、採用競争が緩やかで物価も低い。そこにアクセスするための「地方SES拠点M&A」は、コスト構造の改善に直結する。SES・受託開発を展開している企業であれば、地方展開は検討に値する。そのため、地方展開M&Aは採用コスト構造を変える最も直接的な打ち手となる。

示唆2:同一オーナーの複数法人は「パッケージ取得」が有効

同一オーナーが複数の法人を経営している場合がある。この場合、個別交渉より一括取得の方が交渉が単純化されることが多い。つまり、売り手の「一度で全部売れる」利便性は、買い手のレバレッジになりうる。M&A仲介・FA活用においても、複数法人の一括売却案件は増加傾向にある。

示唆3:育成プログラムは「調達コスト」を変える資産

未経験者から数か月でエンジニアを育成できる仕組みは、採用コストの構造を変える。採用競争に勝てなくても、育成ルートがあれば人材供給を持続できる。そのため、M&Aの際にはこの価値を正確に評価すべきだ。こうした「育成工場」の価値を買収価格に織り込む視点が重要だ。

7. 地方展開M&Aによる競合・業界再編はどう動くか

SES業界における地方展開M&Aは今後加速する可能性が高い。リモートワーク普及によりニアショア開発への需要が定着した。そのため、東京クライアントは「地方エンジニア×リモート」の組み合わせを受け入れつつある。これは今や標準的な発注形態になっている。

同様の戦略を採る上場IT会社が増えれば、地方の有力SES会社の買収競争が激化する。実際、福岡のシステムクリエイトへの資本参加によるSES人材確保のような事例がある。このように、資本関係を通じて地方エンジニアを囲い込む動きはすでに広がっている。特に地域に根差した顧客基盤と独自育成プログラムを持つ会社がある。こうした会社は「再現不可能な資産」として評価が高まるだろう。

AI・自動化の進展はSES需要にも影響する。当面はAI活用の実装・保守エンジニアへの需要が生まれる。そのため、短期的な需要消滅リスクは限定的と考えられる。むしろAI活用できるエンジニアの希少性は高まっていく。そのため、育成力を持つ会社の競争優位が増す可能性がある。実際、生成AIの実装力を強化するための資本提携も進んでいる。

PEファンドによる単独投資は、個社のEBITDA規模が小さいため難しい。しかし、複数の地方SES会社を束ねるロールアップ投資のスポンサーとしての参加はありうる。なお、本件がその先行事例になる可能性がある。

8. まとめ

本件の本質は「地方展開M&Aによる人材の地政学を制するための布石」だ。

エクストリームは東京→大阪→福岡という地方展開のロードマップを描いている。M&Aによって人材と顧客基盤を即時に獲得している。つまり、小川拓郎氏の2社を束ねることで、福岡市場への参入を一気に加速させた。

IT業界の経営者に問いたい。

あなたの会社は、5年後の「人材調達地図」を描いているか?

東京・大阪の採用競争で消耗するのか、それとも地方の人材市場に先に旗を立てるのか。その判断の積み重ねが、5年後のコスト競争力の差になる。

9. 引用元

エクストリーム、SES事業・受託開発の2社(アットアイパス・インフィズジャパン)を子会社化(M&A Online)
エクストリーム公式IR

10. ディスクロージャー

本記事は、TDnet掲載の適時開示資料および公開情報をもとに作成した個人的見解であり、特定の有価証券への投資を勧誘するものではありません。記載内容の正確性・完全性を保証するものではなく、投資判断に際しては必ず専門家にご相談ください。

アセットサロン編集長

日系M&AアドバイザリーファームにてM&A業務に従事。上場企業・中堅企業のM&A仲介・FA業務を中心に、デューデリジェンス、バリュエーション(DCF法・マルチプル法)、スキーム設計、契約交渉、PMI支援を経験。現在は、TDnetに日々公開される上場企業の適時開示情報をもとに、M&Aの背景・財務的影響・業界再編の動向を独自の視点で解説するメディア「アセットサロン」を運営。専門分野:上場会社M&A・TOB・PMI・企業価値評価・資本政策・IR解説

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