クロス・マーケティングのちょっと社買収、CMS分離の意味

クロス・マーケティンググループ(3675、東証スタンダード)は2026年10月30日、ちょっと株式会社(東京都中野区)の全株式を取得し、子会社にすると発表しました。ちょっと社は、Next.jsやReactなどの技術を使ったWebサイト・Webアプリケーションのフロントエンド(利用者が直接操作する画面側)の開発を、顧客の開発チームに加わって支援する会社です。株式の譲渡は12月1日に実行する予定です。

この案件には前提となる手続があります。ちょっと社はフロントエンド開発支援事業のほかに、自社製品のCMS(Webサイトのコンテンツ管理システム)事業を営んでいます。株式を譲渡する前に、CMS事業を新設分割で新しい会社に移し、その会社の株式を代表取締役の小島芳樹氏に譲渡します。クロス・マーケティンググループが取得するのは、フロントエンド開発支援事業だけになった会社です。

取得価額は売り手の強い要請で開示されていませんが、クロス・マーケティンググループの純資産の15%以上になる見込みとされています。本記事では、事業を切り分けると利益がどう変わるか、純資産から逆算した価格の下限と倍率、そして直近4か月の数字に表れた変化を、開示資料から検証します。

取引の概要

項目 内容
買い手 クロス・マーケティンググループ(3675、東証スタンダード)
対象会社 ちょっと株式会社(東京都中野区。2019年4月設立、資本金58.4百万円)
売り手 株主6名(代表取締役の小島芳樹氏、Miraise2号投資事業有限責任組合、TUSIC投資事業有限責任組合、個人2名、法人1名)
前提となる手続 CMS事業を新設分割で新会社に移し、その全株式を代表取締役に譲渡
取得株式 1,126株(100%)
取得価額 非開示(売り手の要請)。クロス・マーケティンググループの純資産の15%以上となる見込み。第三者機関の株価算定で妥当性を検証
日程 2026年10月30日決議・契約/12月1日に新設分割の効力発生と株式譲渡の実行(予定)
業績への影響 2027年6月期の連結業績への影響は軽微の見込み

株主のうち個人2名と法人1名の名前、各株主の持株比率は、株主の要請により開示されていません。ちょっと社の業績は監査法人の監査を受けていません。

事業を切り分けると利益は25倍に

全社と、取得する部門の比較

項目 全社(2026年3月期) フロントエンド開発支援事業(2026年3月期) フロントエンド開発支援事業(2026年4〜7月)
売上高 527.8 391.4 121.6
売上総利益 ― 240.3 56.5
営業利益 6.1 155.0 30.8
営業利益率 1.2% 39.6% 25.4%

単位:百万円。営業利益率は編集部が計算。事業単独の数字は開示どおりで、会社全体の共通費の配分方法は開示されていない。

全社の営業利益は6.1百万円ですが、フロントエンド開発支援事業だけを取り出すと155.0百万円になります。単純な差は約149百万円で、CMS事業などそれ以外の部分が大きな赤字だったことを示しています(編集部の計算。共通費の配分によって差は変わります)。CMS事業は自社製品の開発・販売で、先行投資の段階にあったとみられます(開示はCMS事業の損益を示していません)。

クロス・マーケティンググループにとっては、利益を生んでいる受託開発の部門だけを、赤字の自社製品事業を抱えずに手に入れる設計です。CMS事業を引き取るのは代表取締役で、自社製品の事業を自ら続けることになります。

全社の業績推移

決算期 売上高 営業利益 当期純利益 純資産 総資産
2024年3月期 282.4 △20.1 △18.4 6.6 136.9
2025年3月期 461.2 13.9 13.4 19.9 175.1
2026年3月期 527.8 6.1 5.3 25.2 225.7

単位:百万円(千円未満切り捨ての開示値を百万円に換算)。分割前の全社の数字。

価格を検証する:下限は約12.5億円、部門営業利益の8倍以上

純資産から逆算した価格の下限

項目 金額
クロス・マーケティンググループの純資産(2026年6月末) 8,366百万円
その15% 約1,255百万円(約12.5億円)

開示は「純資産の15%以上」とするだけで上限は分からない。下限は編集部の計算。

指標 計算 値
下限÷部門営業利益(2026年3月期) 12.5億円÷1.55億円 8.1倍以上
下限÷部門営業利益(2026年4〜7月を年換算) 12.5億円÷0.92億円 13.6倍以上
下限÷部門売上高(2026年3月期) 12.5億円÷3.91億円 3.2倍以上

年換算は4か月の実績を3倍した単純計算。

取得価額は少なくとも、取得する部門の前期営業利益の8倍、直近4か月の利益を年換算した値の13倍を超えます。部門の資産から負債を引いた額は2026年7月31日時点で8.5百万円しかないため、取得価額のほぼ全額がのれんになる見込みです(のれんの金額は精査中)。

直近4か月で利益率が下がった

注目したいのは、2026年4〜7月の数字です。売上高を年換算すると約3.65億円で前期を約7%下回り、営業利益率は39.6%から25.4%に、売上総利益率は61.4%から46.5%に下がっています(編集部計算)。4か月だけの数字で季節の影響もあり得るため、傾向とまでは言えませんが、価格の基準になる「平常の利益」をどこに置くかで、倍率の評価は大きく変わります。開示は理由を説明していません。

買い手の狙い:AIを組み込んだアプリの開発体制

クロス・マーケティンググループは中期経営方針「Unite & Generate」で、グループの連携による新たな付加価値の創出を掲げています。開示は、グループ各社の顧客基盤、システム開発、デジタルマーケティングの機能と、ちょっと社のフロントエンド開発力を組み合わせ、AIを活用したサービス・アプリケーションの開発体制を広げるとしています。ちょっと社は、生成AIを組み込んだWebアプリやAIワークスペースなど、AIを使うアプリのフロントエンド開発の実績を重ねてきたと説明されています。

クロス・マーケティンググループの2026年6月期の連結業績は、売上高332.04億円(前期比14.9%増)、営業利益17.90億円(同29.1%減)でした。2027年6月期は売上高400億円、営業利益25億円を見込んでいます。価格の下限約12.5億円は、2026年6月末の現金及び現金同等物114.78億円の約11%にあたり、手元資金で十分に賄える規模です(資金の出所は開示されていません)。

経営者への示唆

赤字事業を外して買う

自社製品と受託開発を併せ持つ小さな会社では、受託で得た利益を自社製品の開発に回していることが少なくありません。本件のように、取得の前に会社分割で事業を切り分けることで、買い手は利益の出る事業だけを取得でき、売り手の創業者は自社製品の事業を自分で続けられます。双方の目的が違うときに、取引を成り立たせる設計として参考になります。

価格非開示でも、規模の目安は示される

売り手の要請で価格を開示しない場合でも、開示の基準に該当する規模であることは示されます。本件は「純資産の15%以上」と書くことで、少なくとも約12.5億円の取引であることが分かります。株主に対しては、第三者の株価算定で妥当性を検証したことが示されていますが、価格と算定の前提が分からないため、倍率の妥当性を外部から確かめることはできません。

人が価値の会社は、キーパーソンの扱いが価格以上に重要

ちょっと社の事業は、顧客の開発チームに加わるエンジニアの力で成り立っています。代表取締役はCMS事業の新会社を引き取りますが、フロントエンド開発支援事業の経営に今後どう関わるかは開示されていません。取得価額のほぼ全額がのれんになる取引では、エンジニアと顧客の関係が維持できるかが投資の成否を決めます。

M&A実務者への示唆

会社分割を前提条件にした株式譲渡

事業の一部だけを取得する場合、売り手側で対象事業以外を会社分割で切り出し、残った会社の株式を譲渡する手法が広く用いられ、買い手は分割の手続を売り手側で終えた状態で取得したいと考えるとされます(藤原総一郎編著『M&Aの契約実務(第2版)』)。実務では、分割の効力発生を株式譲渡の前提条件にし、分割の対象外になるCMS事業に資産や人材が不当に流れないよう契約で手当てすることが重要です。本件は、新設分割の効力発生と株式譲渡を同じ12月1日に予定しています。

分割後の独立した運営

切り出した後の会社が、経理・人事・ITなどの共通機能を単独で回せるかも確認が必要です。分割前は全社で共有していた機能が、分割後にどちらの会社に残るかで、取得後の費用が変わります。開示された事業単独の損益は共通費の配分を前提にした数字で、分割後の実際の費用とは違う可能性があります。

未監査の数字と直近期の確認

ちょっと社の業績は監査を受けていません。開示された直近4か月の利益率の低下を踏まえると、買い手側では、事業単独の損益の作り方と、直近の受注や稼働の状況を確認したうえで価格を決めることが重要です(木俣貴光『M&A戦略の立案プロセス』は、買収価格の検討で事業計画の現実性を見極めることを重視しています)。

本件のまとめ

本件の要点は、クロス・マーケティンググループが、ちょっと社からCMS事業を代表取締役へ切り離したうえで、営業利益率約40%のフロントエンド開発支援事業だけを取得することです。全社の営業利益6.1百万円に対し、取得する部門の営業利益は155.0百万円で、事業の切り分けが取引の前提になっています。

戦略面では、AIを組み込んだWebアプリの開発力を、グループの顧客基盤とデジタルマーケティングの機能に組み合わせることが狙いです。小さな受託開発会社の力はエンジニアにあり、代表取締役が別会社に移る中で人材と顧客をどう維持するかが成否を左右すると考えられます。

価格面では、取得価額は非開示ですが、純資産の15%以上という開示から少なくとも約12.5億円で、部門の前期営業利益の8倍以上にあたります。直近4か月の利益率は25.4%に下がっており、平常の利益水準をどこに置くかで倍率の評価は変わります。取得価額のほぼ全額がのれんになる見込みです。

今後は、12月1日の会社分割と株式譲渡の実行、クロス・マーケティンググループの決算で示されるのれんの金額と償却期間、ちょっと社の業績の推移に注目しています。

ディスクロージャー

本記事は、クロス・マーケティンググループの公表資料(適時開示、決算短信)をもとに編集部が分析したものです。取得価額の下限、各種倍率、利益率、年換算の数字などは編集部の計算で、前提によって値は変わります。分析や見通しは編集部の見解であり、特定の有価証券の売買を勧めるものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

引用元・参考資料

適時開示資料

決算説明資料・IR資料

参考書籍

  • 藤原総一郎 編著『M&Aの契約実務(第2版)』中央経済社、2018年、第1編
  • 木俣貴光『M&A戦略の立案プロセス』中央経済社、2019年、第4章

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アセットサロン編集長

日系M&AアドバイザリーファームにてM&A業務に従事。上場企業・中堅企業のM&A仲介・FA業務を中心に、デューデリジェンス、バリュエーション(DCF法・マルチプル法)、スキーム設計、契約交渉、PMI支援を経験。現在は、TDnetに日々公開される上場企業の適時開示情報をもとに、M&Aの背景・財務的影響・業界再編の動向を独自の視点で解説するメディア「アセットサロン」を運営。専門分野:上場会社M&A・TOB・PMI・企業価値評価・資本政策・IR解説

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