トーハンによる日本出版貿易TOB、初回3,200円から最終4,000円まで6回の価格交渉の内訳

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非上場の出版取次最大手が、上場の出版貿易商社を完全子会社化する

株式会社トーハン(非上場、出版取次最大手)は2024年8月14日、日本出版貿易株式会社(東証スタンダード、証券コード8072)を公開買付け(TOB)により完全子会社化すると決定した。買付価格は1株4,000円、買付期間は2024年8月15日から9月27日までの30営業日間。買付予定数の上限は427,197株、下限は194,700株に設定された。トーハン自身は非上場企業だが、出版流通で日本最大級の取扱高を持ち、今回の買収により日本出版貿易が持つ海外向け出版物の輸出入ネットワークを取り込む狙いがある。

トーハンは本TOBの開始前から、日本出版貿易株式150,000株(所有割合21.51%)を保有する主要株主・筆頭株主であった。本件は支配株主による従属会社の買収には該当しないが、この保有関係と、対象者の役員にトーハンから派遣された者が存在することを考慮して、公正性を担保する措置が講じられている。

買付条件とプレミアムの内訳

  • 公表日前営業日(2024年8月13日)終値2,700円に対して48.15%
  • 過去1ヶ月間終値単純平均2,630円に対して52.09%
  • 過去3ヶ月間終値単純平均2,587円に対して54.62%
  • 過去6ヶ月間終値単純平均2,616円に対して52.91%

買付代金の総額は買付予定数上限(427,197株)ベースで約17億3,199万円(買付代金約17億888万円+手数料等)。トーハンは届出日前々日時点で約93億8,186万円の当座預金を保有しており、この自己資金で全額を充当し、借入は行わない方針である。

価格交渉の全貌——3,200円から4,000円まで、6回の往復

価格交渉は2024年7月18日から8月8日までの約3週間で6段階を経ている。

提案日提示価格直近終値比プレミアム
2024年7月18日(第1回提案)3,200円18.17%
2024年7月25日(第2回提案)3,400円23.95%
2024年8月1日(第3回提案)3,600円32.94%
2024年8月6日(第4回提案)3,900円62.50%
2024年8月7日(第5回提案)3,950円65.41%
2024年8月8日(最終提案・合意)4,000円67.36%

特別委員会は各回とも「対象者株式の価値に関する第三者算定機関の分析及び少数株主の利益に配慮すると、なお満足のいく水準ではない」として引き上げを要請し続けた。初回提案(3,200円)と最終合意価格(4,000円)の差は800円、率にして25%に達する。ただし直近終値そのものが交渉期間中に2,708円から2,388円まで下落したため、終値に対するプレミアム率は67.36%まで跳ね上がっている点には留意が必要である。トーハンが4,000円という金額そのものよりも、市場価格に対するプレミアム水準の説明を重視した価格設定だったと考えられる。

「不応募契約」という設計——講談社・宮脇商事・宮脇書店はなぜ株主に残るのか

本件で特徴的なのは、大株主の一部をあえてTOBの対象から外す「不応募契約」が採用されている点である。トーハンは2024年8月14日付で、対象者の大株主である株式会社講談社(55,400株、7.94%)、株式会社宮脇商事(50,000株、7.17%)、株式会社宮脇書店(14,800株、2.12%)とそれぞれ不応募契約を締結した。3社合計の保有割合は17.23%に上る。

これら3社はいずれもトーハンと既存の取引関係を持つ書店・出版取引先であり、TOB後も株主として残留し、それぞれが持つ販路を生かした事業拡大が期待されている。一方で、3社はスクイーズアウト手続に関連する議案には賛成する予定とされており、経営権を脅かす存在としては扱われていない。少数株主を全て買い取って完全子会社化する典型的なTOBとは異なり、実務上重要な取引先株主を意図的に残す設計は、出版流通という川上・川下の取引関係が密接な業界特有の配慮と考えられる。

アドバイザー体制——「両社共通の独立系アドバイザー」という構造

本件のアドバイザー選任は、KHC案件のような買収側・対象者側の明確な対立構造とは異なる。トーハンは2024年4月上旬、「公開買付者及び対象者から独立した」ファイナンシャル・アドバイザーとして株式会社AGSコンサルティングを、4月中旬に同じく両社から独立したリーガル・アドバイザーとしてシティユーワ法律事務所を選定した。これらはトーハンが自らの買付者株式価値算定書の取得のために起用したものである。

一方、対象者である日本出版貿易は独自にMIT Corporate Advisory Servicesをファイナンシャル・アドバイザー(第三者算定機関)、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業をリーガル・アドバイザーとして選任し、さらに特別委員会は独自にプルータス・コンサルティングから算定書を取得している。結果として、株式価値の算定はAGS・MIT・プルータスの3者体制で行われた。

算定結果

  • AGSコンサルティング(買付者側):市場株価法2,587円~2,700円/DCF法3,586円~4,460円
  • MIT Corporate Advisory Services(対象者側):市場株価法2,587円~2,700円/DCF法3,503円~4,253円
  • プルータス・コンサルティング(特別委員会独自):市場株価法2,587円~2,700円/DCF法3,723円~6,663円

3者のDCF法レンジには3,503円~6,663円と大きな幅がある。特別委員会独自のプルータス算定が最も高いレンジ(上限6,663円)を示した一方、最終合意価格4,000円は3者いずれのDCF法レンジ内にも収まっている。特別委員会が独自の算定機関を追加で起用したことが、交渉の場で価格引き上げを要求し続ける根拠として機能したと考えられる。

TOBの結果——成立、保有比率81.76%へ

本TOBは2024年9月27日に成立し、同月28日にトーハンから結果が公表された。EDINETの大量保有報告書(変更報告書)によれば、2024年9月27日時点でトーハン単独の保有割合は64.59%に達し、不応募契約を結んだ講談社・宮脇商事・宮脇書店3社分(17.23%)を合わせた協調的な保有割合は81.76%となっている。これは会社法上の特別決議に必要な3分の2を超える水準であり、不応募株主3社もスクイーズアウト関連議案に賛成する予定であることから、日本出版貿易は今後、株式併合等の手続きを経て上場廃止・完全子会社化に至る見通しである。

まとめ——なぜ25%もの価格引き上げに応じたのか

トーハンが初回提案(3,200円)から最終合意(4,000円)まで6回の交渉を経て価格を25%引き上げた背景には、特別委員会が独自に起用したプルータス・コンサルティングのDCF法算定が上限6,663円という高いレンジを示し続けたことが大きい。最終的な4,000円は3者いずれのDCF法レンジ内にも収まる水準であり、算定手法の観点からは合理的な着地点だったと考えられる。加えて、講談社・宮脇商事・宮脇書店という取引先株主を無理に排除せず「不応募契約」で残す設計は、出版流通業界の取引関係を毀損しないための現実的な選択であり、価格交渉の粘り強さと、業界特有の株主構成への配慮という2つの要素が、本件を単純な高値摑みではない交渉として特徴づけている。

参照:『公開買付説明書 2024年8月 株式会社トーハン(対象者:日本出版貿易株式会社)』(東海東京証券)、株式会社トーハンIR「日本出版貿易株式会社の株式公開買付け開始を決定」(2024年8月14日)同「日本出版貿易株式会社の株式公開買付けの結果に関するお知らせ」(2024年9月28日)

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アセットサロン編集長

日系M&AアドバイザリーファームにてM&A業務に従事。上場企業・中堅企業のM&A仲介・FA業務を中心に、デューデリジェンス、バリュエーション(DCF法・マルチプル法)、スキーム設計、契約交渉、PMI支援を経験。現在は、TDnetに日々公開される上場企業の適時開示情報をもとに、M&Aの背景・財務的影響・業界再編の動向を独自の視点で解説するメディア「アセットサロン」を運営。専門分野:上場会社M&A・TOB・PMI・企業価値評価・資本政策・IR解説

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