目次
2022年の業務提携が完全子会社化の布石になった経緯
ファースト住建株式会社(東証スタンダード、証券コード8917)は2024年8月26日、株式会社KHC(東証スタンダード、証券コード1451)を公開買付け(TOB)により完全子会社化すると発表した。買付価格は1株1,127円、買付期間は2024年8月27日から2024年10月9日まで(法定最短期間20営業日より長い30営業日)。買付予定数の上限は設けず、下限を2,602,200株(所有割合64.86%)としている。TOBが成立すれば、その後の株式併合等によりKHCは非上場化される見通しである。
今回のTOBは、ゼロから持ち上がった案件ではない。両社は2022年2月17日付で住宅設計分野の業務提携基本契約を締結し、既に協業関係にあった。KHCの意見表明報告書によれば、当時ファースト住建は「KHCへの出資に見合う効果が見込めるか否かについての判断材料が得られていない」として資本提携までは踏み込んでいなかった。しかし2024年4月、KHCの親会社である株式会社SOLABLEが株式売却に向けた入札プロセスを開始したことを契機に、ファースト住建は入札に参加。完全子会社化によって、業務提携の枠組みでは企業秘密上の制約から共有できなかった仕入・販売・分譲用地情報まで統合できる点を評価したという。既存の協業関係を土台に資本関係へと発展させた案件と位置づけられる。
買付条件とプレミアムの内訳
- 公表日の前営業日(2024年8月23日)の終値(700円)に対して61.00%
- 同日までの過去1ヶ月間終値単純平均(706円)に対して59.63%
- 同日までの過去3ヶ月間終値単純平均(725円)に対して55.45%
- 同日までの過去6ヶ月間終値単純平均(735円)に対して53.33%
なお、ファースト住建が最終意向表明書を提出した2024年7月13日の直近の取引日(7月12日)を基準にすると、1,127円は終値735円に対して53.33%、過去1ヶ月間終値単純平均(735円)に対して53.33%、過去3ヶ月間(736円)に対して53.13%、過去6ヶ月間(744円)に対して51.48%のプレミアムとなる。
買付代金の総額は、買付予定数(4,012,323株)に買付価格を乗じた約45億2,100万円となる。KHC株式の53.40%(2,142,550株)を保有する親会社SOLABLEは、保有株式の全てを本TOBに応募する契約を締結済みであり、この応募分だけで下限(64.86%)の8割超を占める計算になる。なお応募契約には、KHC株式に対してより高い価格で対抗公開買付けが行われた場合にSOLABLEが応募を撤回できる一方、撤回時にはファースト住建へ違約金1億円を支払う旨の定めが置かれている。
なぜ買付価格は簿価純資産(1,582円)を28.76%下回ったのか
KHCの2024年6月末時点の簿価純資産は63億47百万円、自己株式控除後の発行済株式数4,012,323株で除した1株当たり簿価純資産額は1,582円となる。買付価格1,127円はこれを455円(28.76%)下回る。両社が選任した第三者算定機関の算定結果は次の通りである。
KHC側算定(プルータス・コンサルティング)
- 市場株価法:700円~735円
- 類似会社比較法:774円~1,243円
- DCF法:909円~1,371円
買付者側算定(フーリハン・ローキー)
- 市場株価平均法:700円~735円
- 類似会社比較法:274円~580円
- DCF法:952円~1,566円
買付価格1,127円は両算定のDCF法・類似会社比較法のレンジ内に収まっており、算定手法上は不合理とは言えない水準と考えられる。一方、簿価純資産を下回る点についてKHCの特別委員会は、清算時には保有する分譲用地や仕掛工事等の資産が簿価どおりに回収できるとは限らず、回収不能な完成工事未収入金が存在する可能性も踏まえると「簿価純資産額が公正価格の下限となる」という考え方自体を採用しなかった、と開示している。住宅業界の資材価格高騰と需要の伸び悩みという事業環境を踏まえれば、この判断には一定の合理性があると考えられる。
1,133円から1,127円への価格引き下げの舞台裏
交渉過程では、ファースト住建は2024年5月24日の第一次入札で1,133円を提示したが、7月13日の最終意向表明書では1,127円に引き下げられた。KHCの意見表明報告書は、この引き下げをKHCの企業価値低下によるものではなく、7月18日付で決議された譲渡制限付株式20,000株の新規発行により算定基礎となる発行済株式総数が増加し、1株当たりの取り分が計算上圧縮されたためと説明している。特別委員会はこれを不服として同じく7月18日付で価格引き上げを要請したが、ファースト住建は7月25日付で「競争入札の中で最大限の評価」として引き上げを拒否。最終的に8月23日、特別委員会が1,127円を応諾する形で決着した。
アドバイザー体制
買付者であるファースト住建側のファイナンシャル・アドバイザーはフーリハン・ローキー株式会社、リーガル・アドバイザーはシティユーワ法律事務所が務めた。一方、KHC株式の売主であるSOLABLEのファイナンシャル・アドバイザーはフロンティア・マネジメント株式会社であり、買付者側のアドバイザーではない点に注意が必要である。対象者であるKHC側のファイナンシャル・アドバイザー(第三者算定機関)はプルータス・コンサルティング、リーガル・アドバイザーはアンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業が務め、特別委員会もこの2社から独立した助言を受けている。
期待されるシナジー
建売住宅を主力とするファースト住建と、完全自由設計の注文住宅を主力とするKHCは、兵庫県播磨地域を中心とする近畿圏で商圏が重なりながらも商品セグメントが異なり、意見表明報告書は両社を「直接的な競合関係にない」と位置づけている。統合により、(1)資材の共同購買によるコスト競争力の強化、(2)分譲用地情報の相互活用による仕入力の強化、(3)ファースト住建の資金力・人的リソースによるKHCの事業拡大支援、が見込まれるとされる。KHCが非上場化することで生じうる資金調達力や採用力の低下という懸念については、ファースト住建グループの取引金融機関の活用や共同採用によって補える、と意見表明報告書は説明している。
まとめ——価格設定は妥当と評価できるか
今回のTOB価格1,127円は簿価純資産を28.76%下回るものの、公表日の前営業日終値(700円)に対して61.00%のプレミアムが付与されており、これは対象者が意見表明報告書で示した同種事例(公表日前営業日の終値に対するプレミアムの中央値40.44%・平均値42.22%)の水準を上回る。加えて、DCF法・類似会社比較法という収益還元的な評価手法のレンジ内に収まっていることから、市場評価や将来収益力を基準とする限り、不当に低い価格とまでは言えないと考えられる。ただし、住宅業界の資材高騰という外部環境要因が評価を押し下げている面も否めず、統合後にシナジーが計画通り実現するかどうかが、この価格設定の妥当性を事後的に判断する試金石になるだろう。
参照:『意見表明報告書』株式会社KHC(2024年8月27日提出、EDINET)
本コンテンツは筆者の勉強の記録を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身でご判断いただきますようお願いいたします。本コンテンツの情報は、筆者が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本コンテンツの記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本コンテンツの記載内容は、予告なしに変更することがあります。